トレンドは読まない、トレンドをつくるポール・シンガー【ヘッジファンドマネジャー列伝⑬】

「法律バカ」でない常識人

 2016年、ポール・シンガーの率いるエリオット・アソシエーツは、アルゼンチン政府との15年にわたる争いに終止符を打った。
 アルゼンチンのデフォルト(債務不履行)により発生した、債券の未払い。債権者であるエリオットが求めていた未払い債券の支払いをアルゼンチンは拒否、エリオットは支払いを求め裁判を起こしていた。
 デフォルトから15年、エリオットとアルゼンチンはようやく合意に達した。
 この紛争解決により、エリオットは24億ドルの利益を得たことになる。
 このケースは例外かもしれないが、破産先に投資し、しっかり向き合って時間をかけ大きくしていくのはポール・シンガーのやり方だ。
 シンガーは1969年にハーバード・ロースクールを卒業後、ニューヨークで2カ所の法律事務所に勤めた。そのとき、趣味として始めた投資に夢中になったという。
 相場の研究を楽しいと思うようになり、1977年に130万ドルでエリオット・アソシエーツを設立した。

 元々金融関係の会社に勤めていたわけでもなく、設立時の運用資産は友人や家族のものだった。そのため「儲ける」よりも「損を出さない」ことを最初の目標にした。
 その目標は会社が280億ドルを扱うなど大きく成長した今も変わっていない。資産の保全を第一に掲げ、できるだけ高い利益率を実現することを目指す。
 その方針はしっかり守られており、1977年の設立以来、損失を出した年も過去に2回だけだ。レバレッジもほとんどかけない。エリオットは、アメリカで最も成功したヘッジファンドの1つとされている。

 元々法律関係者だったこともあり、シンガーは話し方が非常に論理的で、発言も非常に的を射ている。
 言いかえれば「金融バカ」でないのが彼の強みだ。

 シンガーの投資のメインはディストレス(破産証券)とアービトラージ(裁定取引)だ。
 投資とは「トレンドを読む」ことが多いものだが、トレンドを起こすための行動もシンガーは多々行っている。ディストレス証券であればその証券をどのように処理するかの交渉や、債権者の委員会等にも積極的に参加している。
 話し合いで定められた決定が利益率や収益率を左右するような場合は、その話し合いの場を始め、ビジネスそのものに深く関わっていくのだ。

 アービトラージ戦略においても、直接関与する行動に出る。シンガーは「単に相場で取引しているだけではありません。物事を起こそうとしているのです」と言う。

 そこがほかのヘッジファンドマネジャーと異なる点だ。極端な言い方をすると、破綻した会社の証券でも、シンガーがしっかりサポートし、価値をあげることができればそれはめぐりめぐって彼の会社の大きな利益になるということだ。

 そこまでするとなると、仕事内容も複雑になる。エリオットは単なるトレードを超えて仕事に多くの資源を投入し、一生懸命努力するのだ。

「影響される」ことを嫌う

「世界の債券市場はもはや崩壊している」
 シンガーの最近の言葉だ。これまでも様々な金融危機を乗り越えてきたが、今が39年やっていてもっとも不思議な事態に直面しているとまで彼は言う。

 世界の歴史上、最大の債券バブルとでも言うときにきたと彼は主張し、投資家は資産運用で大きな傷を負うことに注意すべきだと述べているのだ。

「すべては闇の中」
 そう語る彼のヘッジファンドは、石油やガスの下落からの上昇に期待するとともに、金の存在感を大きくして備えておくという。

 以前より今後の見通しについて悲観的なスタンスを取り続けてきたシンガーだが、ここにきてその傾向に拍車がかかっている。
「世界経済や会計の市場において、とても危険なときになった」
 これも彼の言葉だ。

 シンガーが注目するのは、主に3つのリスクだ。モデルリスク、集団行動リスク、株式市場リスクを指す。
「モデルを信用する人は、何がなんでもモデルに従おうとする傾向がありますが、もしそのモデルが間違っていたら、手痛いダメージを負うことになるでしょう。現実は過去のモデルのようにいかないことも多々ありますから」

 集団行動リスクとは何か。テクノロジーの発展の結果、レバレッジを簡単に行うことができ、瞬時にどの国ともコミュニケーションを図ることができるようになったことで、人々が一気に同じ行動をする、集団行動が生じる可能性が高まっている。
 それによる急激かつ大きな価格の変動はリスクの1つだ。

 シンガーは「株式市場」という言葉の意味はもはや1つではないと考える。マーケットをどうとらえるかによって、以前は考えにくかった様々なリスクも生じてくる。
 シンガーが好んで扱うディストレス証券は、それらの株式市場や債券市場とは相関性がない。どの市場からも影響を受けないことが大事だと彼は語る。

 シンガーは「10億ドル超の資産を運用していることはストレスにはならない」という。彼にとってのストレスは、従業員、相場、ミス、損失といった要因から生まれるという。
 何かに影響を受けて状況が悪くなったりすることを嫌うのだ。
 だからシンガーは自分の力で状況を変えられる、ストレスを最低限に抑える投資スタイルで運用する。

 仕事以外ではファミリー財団を運営し、様々な評議会に積極的に参加し、政治にも深くかかわっている。
 共和党の支持者としても有名で、これまでの政治献金の額は1000万ドルを超える。ただしトランプ候補は支持していない。シンガーはトランプが、大恐慌を引き起こすだろうとまで言っている。
 息子はゲイとも言われており、LGBTなど性的マイノリティーの人々の権利のための活動に対しての寄付などにも積極的だ。

エリオットマネジメントの進化は続く

 シンガーの投資のメインはディストレス(破産証券)とアービトラージ(裁定取引)である。しかし2018年はアクティビストとしての活動を活発化した模様だ。取締役会向けに22件の意見を提出し、アクティビスト部門では最大のファンドの一つとなった。

 これら22のキャンペーンのうち、13のキャンペーンの株価は上昇傾向にあり、8のキャンペーンの株価は下落してたとのことだ。
 これは決して高い数字ではないが、ディストレス債券、未上場企業株など完全な経営権を獲得した活動だけでなく、少数株主であるアクティビストとしての活動も活発化してきたことは注目に値する。ここから新たなトレンドを作れるのだろうか。今後もマルチストラテジーファンドとしての進化を止めるものはないのかもしれない。

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 本記事は、2017年2月に出版された『富裕層のNo.1投資戦略』(高岡壮一郎著・総合法令出版)の草稿を、ゆかしメディア編集部が編集したものです。
 本記事の完成版はこちらでご覧いただけます。

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