被害者は被害者の役割を期待されなければならないのか? 光市母子殺害事件の最高裁判決で被告元少年の上告を棄却し死刑が確定した件で、被害遺族の男性が再婚したことに対する考察がある。
fujiponさんが綴っている。
「これから生き続けていくために、新しいパートナーにめぐりあい、籍を入れたとうのは、全く責められるべきことではありません。それは、すばらしい、歓迎すべきことのはず」
「しかしながら、本村さんが、一生、亡くなられた人たちへの変わらない想いを、独りでいるという行動で示し続けることを望んでいる僕もいるのです。僕が子どもで、自分の親が「再婚する」と言っているわけでもないのに」
遺族男性は妻子を殺害されたが、被害者であり、それを背負い続けて行く義務はない。再婚していたことを明らかにしたが、新たな人生を歩む権利があり、本来はそれが歓迎されるべきこと。ただ、第三者は「被害者像」として見ていただけに、何か違和感を感じた人もいるのではないだろうか。
しかし、この事件には勝者はいない。勝者なき戦いをいつまでも引きずるべきではない。遺族男性が新たな生活を送ることを歓迎しよう。