破綻するブラック企業の楽しみ方(3)

組合立ち上げへの序章

 長時間労働の背景にはゆがんだ就労観だけでなく、給与体系もあった。この会社では年俸制が採用されていたが、会社側は年俸ゆえに超過勤務手当てを支払う必要がなく、1時間でも多く働かせたほうがオトクであると考えていた。

 いわば“定額で働かせ放題”という発想である。労働基準監督署に告発する社員も後を絶たなかったが、「給与未払いなどもっと酷い相談が山積みで、動いてくれなかった」(元若手社員)という。

 さらに「自分に矢印をむける」という行動基準も、社員をいっそう追い詰める原因となった。これは、業務の成果も、人間関係も、健康状態もすべて自分に起因するという主旨である。理不尽な出来事に遭遇するのは、それを呼び込む自分に問題があるからで、およそ身の周りに起こる現象のすべては、善も悪も、自分の心が引き起こしている。そう考えることを戒律のように強いられていた。

 会議で取引先や他部門への不満を口にすれば「自分に矢印をむけて考えろよ!」と罵倒され、休日出勤が続いて体調がすぐれないと上司に相談すると、こう返されたのだった。「自分に矢印をむけて環境を改善するのが、我が社の正しい仕事の仕方だよ」と。

 こうした就労環境から社員は定着せず、新卒も中途も平均在籍期間は3年に満たなかった。自分に矢印をむけつづけた挙げ句、鬱病を患う社員も続々と現われた。だが経営陣は、この状況を「成長に対する要求水準が世間の会社よりもはるかに高いからだ」と容認し、社外では誇らしげに公言していたのだった。

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