「検察に自民党中枢を揺さぶる事件は無理」 「闇の番人」田中森一(1)

自民党中枢を揺さぶる事件は無理

 田中が検事時代、最後に手掛けた苅田町長汚職事件は、北九州の苅田町の前町長で国会議員に初当選した尾形智矩が、住民税をネコババしその裏金のうち、5000万円を選挙資金として横領したという容疑の事件だった。取り調べると、5000万円は選挙公認料として、安倍派(当時・清和会)の事務局長、森喜朗に渡っているという疑惑が浮上する。

 ところがこの事件も、福岡地検への移送を上司に告げられ終焉を迎えてしまう。

 当時の中曽根政権は清和会の安倍晋太郎と経世会の竹下登を、後継首相として競い合わせ政権を維持していたと言われる。安倍派の重鎮の森喜朗が失脚し、政権基盤のパワーバランスが崩れることを、中曽根が憂慮した結果ではないかと田中は勘ぐる。
「実は事件の福岡移送は伊藤検事総長の直々の指示だった。むろん、異例中の異例だ」

 ――伊藤栄樹検事総長といえば、『巨悪は眠らさない』のフレーズで有名ですが、
「国民は検察に期待するが、あまり本当とは思えんね」

 ――近年では「国策捜査」という検察批判をよく耳にします。
「そもそも基本的に検察の捜査方針は、すべて国策によるものだ。行政機関から独立する裁判所とは違い、検察庁は法務省の一機関であり、日本の行政の一翼を担っている。検察は行政組織として国策のことを考え、国の体制を護持し安定させることを専一に考える」

 ――撚糸工連事件では自民党の代議士の名前が出ない限り、事件する気がなかったと田中さんは読んでいました。
「自民党政権の腐敗を防ぐために、お灸を据える、ある程度の浄化を促すことはするよ。でも、平和相銀事件や三菱重工CB事件のように、自民党政権の中枢を揺さぶるような事件や、日本のトップ企業が傷を負う恐れのあるような事件は極端に嫌う。どだい検察エリートは官僚だ。自己保身を旨とする官僚は危ない橋を渡らない。そんな官僚たちに政界や財界をかき回すような捜査のゴーサインを求めたほうが、無理だったのかもしれない」

 特捜検事は“正義の最後の砦”だと、田中は自負してきた。だがその自負心が、ことごとく崩れ去っていく。検察庁のやり方や仕組みに対する不満が抑えきれなくなっていった。(敬称略)

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