芸術の秋、日本全国で様々なイベントが行われる。
注目のイベントがある。クラシック界のトップに君臨するロシアのピアノ技術を現地で学んだ若きピアニスト、金子淳氏が帰国。今月末に行われるリサイタルで、その成果を披露する。自身がピアニストでもあるライター、森佳子氏が金子氏にインタビューした。
楽器の王様・ピアノ
翼のような大屋根を持つグランドピアノ。コンサート用ともなれば、楽器の大きさは3メートル近くにもなる。鍵盤を弾くと、内部のアクション機構に力が伝わって、フェルト製ハンマーが弦を打って音が出る。
通常、鍵盤の数は88、脚ペダルは3本だ。広い音域を同時に鳴らして、メロディーと伴奏を一人で弾ける。ピアニストは、組み合わせれば何兆通りにもなる指使いに3本ペダルを連携させて演奏しているのだ。
楽器を構成する、鋼鉄フレームやピアノ線、数十種の木材の組み合わせも無限大である。ピアノは、1台1台、微妙に違う音質をもっている。演奏会場も毎回替わる。
こうした状況で音楽をどう伝えるか。それに成功した一群として、ロシアで学び継がれて来たスキルを持ったピアニスト達がいる。そのスキルは、「ロシア・ピアニズム」として語られてきた。
ロシア・ピアニズムとは
ロシアは実に多くの優秀なピアニストを輩出している。ホロヴィッツ、リヒテル、ニコラーエワ、アシュケナージ、キーシン等、来日公演を聞いた方もいらっしゃるかも知れない。日本を代表するピアニストとして活躍した故・中村紘子さんも、米国ジュリアード音楽院でモスクワ音楽院出身のロジーナ・レヴィン女史に師事してロシア・ピアニズムを学んでいる。
ロシア・ピアニズムでは、豊かな倍音を次々繰り出して音楽を語らせる。
打弦時の身体の使い方、指使い、ペダリング等の技術を駆使して、ピアノで“歌わせる”。
こうした技術は、東西冷戦終結までは、モスクワ音楽院を舞台に継承されてきたが、今や、西欧諸国に移住したロシア人音楽家によっても継承されている。
ロシア・ピアニズムの本流に学んだ
先に紹介したロシア・ピアニズムの本流で学んだピアニスト、金子淳氏が、欧州での音楽修行を終え帰国。国内で本格的な音楽活動を始めた。
今年4月からは、母校、武蔵野音楽大学の非常勤講師として、ピアノ指導にも勤しむ。7月には、文化放送「楽器学園~ガキパラ~」にゲスト出演。軽快なトークを披露してマルチな活躍を予感させた。
ピアニストでもある筆者とは武蔵野音楽大学の先輩後輩になる金子淳氏に、9月25日のピアノリサイタルを前に、今後の音楽活動や抱負について伺った。長身で手指には恵まれている金子氏の紹介から入りたい。
金子淳・音楽修行時代~~国内編
—–ロシアのピアノ曲でコンクール上位入賞を重ねる—–
森: 武蔵野音楽大学大学院では、エレーナ・アシュケナージ教授に師事されて、学外のピアノコンクールでも入賞を重ねられましたね。
金子:まず、学部の卒業試験で弾き込んだ、ラフマニノフを弾いて良い結果が出ました。
金子:はい。ヴィルテゥオーソ部門で、ラフマニノフのエテュード数曲を弾きました。
森: 横浜開港150周年記念ピアノコンクールでは、ヴィルテゥオーソ部門(最上級部門)第一位、併せて特別賞受賞!因みに、そのコンクール小学生部門一位の牛田智大君(当時小学4年生)、大ブレイク中ですね。
その翌年には、PTNA特級でも上位入賞されて。
金子:はい、ピアノソロを弾いて予選を勝ち上がり、本選会では東京交響楽団と共演。ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を演奏して銅賞(第3位)を頂きました。
金子淳・音楽修行時代~~海外編
—-ロシア・ピアニズムの本流を求めて—-
森: 留学先は、どういった経緯で決められましたか?
金子:大学院時代に師事したエレーナ・アシュケナージ教授から、ロシア出身のボリス・ペトルシャンスキー教授を紹介して頂き、大学院在学中に、イタリアで氏の講習会を受けてみました。レッスンを受けた後は、迷わず、この先生の下でロシア・ピアニズムを究めたい、と思い決めました。
森: イタリア・イモラ国際ピアノアカデミーと言えば、ピアノの世界では卒業生の活躍を聞きますが、地理的にはどのような場所ですか。街の雰囲気とか、音楽院の様子など、教えて下さい。
金子:イモラは、イタリア北部、大学都市として有名なボローニャの近郊の静かな町です。アカデミーの建物は、レオナルド・ダヴィンチ設計で1200年頃に建造のもの、その一部を改修してアカデミーが使っています。
森: 音楽の勉強に集中できそうな環境ですね。
金子:はい、静かな環境で良かったです。
金子:とにかく弾ける先生! 横で弾いてくれるんですが、弾いて下さる演奏の完成度の高いことと言ったら。どの曲でも演奏会レベルで手の内に入っていて、驚きのクオリティなのです。現在60代半ばで、現役バリバリのピアニストです。
森: 名手の演奏を間近で見て聞ける!言葉でも的確な説明があるのでしょうけれど、言葉にできない部分の情報量も凄そうですね。
「金子淳ピアノリサイタル」を前に
森: 9月25日(日)に、文化庁/日本演奏連盟主催の演奏会をなさるとのことですが。
金子:はい。一時帰国して、出演オーディションに合格し、東京文化会館小ホールで「金子淳ピアノリサイタル」をさせていただくことになりました。新進演奏家育成プロジェクトリサイタル・シリーズTOKYOへの出演です。
森: 東京文化会館と言えば、開都500年を記念して建設され、昭和36年4月に開館した音楽専用ホールの草分け。リニューアルを経て、常に日本のクラシック音楽シーンをリードするホールだと思います。649席の小ホールも、音響よし、雰囲気よしで楽しみですね。ピアノは何を使われますか?
金子:ヤマハCFXで演奏予定です。先日、試弾してみて、自分が表現したいことができるピアノだと確信を深めたので。
森: 演奏プログラム選定の経緯など、教えて下さい。
金子:イタリア・イモラ国際ピアノアカデミー留学時代に新たに取り組んだ曲を中心に選びました。フランツ・リストの曲は、日本では全然弾いていませんでしたが、リストのスペイン狂詩曲、ピアノソナタロ短調など、楽曲としての完成度も高く、思い入れの深い曲でプログラムを構成しています。
森: 休日の午後の演奏会、9月25日(日)14時開演というのも聴衆には嬉しい設定です。日曜の午後、沢山の方々に、金子さんのピアノ演奏の魅力に触れてもらいたいですね。
今後の抱負
—-ロシアのピアノ曲を紹介する—-
森: 今後は、どういった演奏活動を?ロシア・ピアニズムを体現するペトルシャンスキー教授の下で学ばれましたし。
金子:スケールの大きな曲が弾きたいですね。ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」、ムソルグスキーの「展覧会の絵」等のロシアの大きな作品や、9月のリサイタルでも弾くリストのソナタロ短調など。室内楽では、来年1月にショスタコーヴィッチを演奏します。
—-後進の指導でも活躍したい—-
森: 今後は、指導者としても活躍が期待されますが、抱負を聞かせて下さい。
金子:ロシアンメソッドの良さを伝えたいです。入門段階から、ピアノという楽器で歌わせる力を付けてもらいたいですね。
森: ピアノは、管楽器や弦楽器のように、音を出してから音量や質を調整できないので、歌わせる技術は、特に重要になりそうですね。
金子:はい。ピアノ演奏には、指使いの工夫によって、レガート※の質を高める技術が重要です。ロシアンメソッドが得意とする分野です。
※レガート:連続する音と音とを途切れさせずに滑らかに続けて演奏すること
森: 音と音を繋げる技術は、ペダルの技術にも関係しそうですね。
金子:はい。ペダルで音楽全体を支えるベースラインを残しつつ、別の声部や音域では、細かい進行をクリアに聞かせるといった技術もあり。。
森: なかなか奥が深そうですね。
—-武蔵野音楽大学の魅力—-
森: 金子さんは、母校の非常勤講師もされている訳ですが、武蔵野音楽大学の今、について少し教えて下さい。最近、卒業生が、一般企業からも高い評価を受けていると聞きますが。
金子:はい。書籍でも紹介されていて。
森: 『「音大卒」は武器になる』『「音大卒」の戦い方』(いずれも 大内孝夫著、武蔵野音楽大学(協力)、ヤマハミュージックメディア)等ですね。
金子:そうです。音大生の持つ特質である、1つのことを継続して実践する力や集中力、コミュニケーション力などが、一般企業からも高く評価されているのだと思います。
森: 音楽の道に進みたい人、もっと幅広く音楽に携わりたい人も含めて、武蔵野音楽大学の魅力というと?
金子:何と言っても、来年4月の新キャンパス完成です。学内に大小4つの音楽ホールを備えた都市型キャンパスとして、音楽を学ぶ、トップレベルの環境が整うと思います。
森: それは、多くの音楽を志す人にとって朗報ですね。
今日は、お話をお聞かせ頂き有難うございました。
金子淳氏の演奏会のスケジュール等は、金子淳オフィシャルHP
より確認できる。
ピアノリサイタル 2016年9月25日(日)14時開演「金子淳ピアノリサイタル」
チケット入手については日本演奏連盟
室内楽コンサート 2017年1月17日 EXCITING ENSEMBLE 第6回
~若手音楽家育成応援プロジェクト 第6回~
音楽監督/金木博幸(東京フィルハーモニー交響楽団首席チェリスト)
出演:金木 博幸(チェロ)、生方 正好(クラリネット) 、金子淳(ピアノ)
曲目:ブラームス:クラリネット三重奏op114、ショスタコーヴィチ:チェロソナタop40
●インタビュー、構成/森佳子
ピアニスト
英国王立音楽大学Royal College of Music, London大学院課程修了。武蔵野音楽大学ピアノ専攻にて芸術学士を、放送大学にて教養学士を取得。イタリア及びウィーンにも音楽留学。
国内外10カ国でピアノ演奏。台湾、ドイツ、イタリア、英国、セルビア等の音楽祭、コンサート等に出演。帰国後は、国際文化交流事業の企画運営を手掛け、福田=シュタインファット国際音楽賞を創設し、アジアの若手音楽家育成にも努める。
WPTA国際ピアノコンクール公式審査員、立教大学社会学部にてゲストスピーカー、読売新聞『しごとQ&A』音楽編の回答者なども務める。