楽しく「生涯現役」を貫くためのヒント

「定年後の生き方」に迷う人は多い。会社にいるうちは仕事というポジションがあり、部下もいるなど、自分の居場所があり、やりがいも持つことができた。
 定年を迎え、それまでの人生に大きな位置を占めていた仕事がなくなったことで、心に大きな穴が空いてしまう、そのような人がたくさんいる。

 趣味もなく仕事一筋だったので、時間はたくさんあるが何かしようにも何も思いつかない。仕事以外には友人もいないので、きっかけもない。
 特に、会社で一生懸命にやってきた人ほど、会社という所属先を失うことで、新たな一歩を踏み出すことができなくなるという。

 誰からも必要とされなくなることに加え、加齢に伴いちょっとしたことでも怒りやすくなる、そして役所や店に連日クレームをつけるなど、「暴走老人」になってしまう人も少なくない。

「暴走老人」ならぬ「奔走老人」になることを勧めているのが、アジア教育友好協会(AEFA)の理事長、谷川洋氏だ。


 谷川氏は長年商社に勤務し、出世のエリートコースを歩んでいた。定年まで勤め上げ、3人の子供に対する親の義務も果たして、その後は悠々自適。そんな人生を描いていた。

 その計画が狂ったのは、妻のがんだった。海外支社の支社長という超エリートコースのポストが用意されたが、妻の治療を考え、断ることにした。それから始まった、仕事をしながらの妻の治療と義母の介護に明け暮れる日々。

 がんの発覚から4年、妻は亡くなる。介護してきた義母も看取った。定年を5年後に控えたときのことだった。

 谷川氏は腹を決めた。「人生の切り替え時がきた」と。

 定年退職まで2カ月となったある日、谷川氏は「アジアの辺境で学校づくりの手伝いができる人を探している」という話をもらう。「学校をつくったら終わり、ではなくその後も機能し続ける学校をつくりたい、学校建設の根本から変えたい、本当につくってよかったと思える、意義のある支援をしたい」という趣旨に賛同し、途上国の学校支援のNPOに関わることになる。

 中国、ラオス、タイ、ベトナム、ミャンマー……行くのも大変な、山岳地域の少数民族の村々を訪れ、学校建設に関わってきた。2004年から始まり、その数は300校に迫っている。
 学校ができることで、村がまとまり、村が活気づく、そんな場に何度も立ち会ってきた。


 村の子どもたちの将来を、未来をつくる仕事だ。
 そしてその経験を、日本の子どもたちにも伝えている。日本とそれらの国の子どもたちが交流し、村の子どもたちだけでなく、日本の子どもにも多くのよい影響がある。

「子供が変わるのを見る、こんな幸せはない」
 谷川氏はうれしそうに語る。

「知らぬ間の上から目線」に注意

 長年会社に勤め、地位も役職もあるような日々を過ごすと、本人にその気はなくとも、相手に対して上から目線になったり、偉そうな態度で接してしまうことがよくあるという。

 サラリーマンでなくなった以上、もうその地位もポジションも存在しない。そこは完全に割り切る必要がある。

 長い年月をかけて身に付いた習慣でもあるため、そう簡単に切り替えることはできないかもしれないが、過去のことにこだわっていると、何も変わらない。
 過去のことはもうすべて忘れたほうが、楽しい毎日が待っている。
 割り切るからこそ、まったく新しい世界に触れることができるのだ。

 サラリーマン時代の名刺は捨てたという。サラリーマン時代にもらった名刺が、寄付金集め等に役立つかもしれないととっておいたが、まったく役に立たなかったためすべて処分した。現在のNPO運営のために会ったり寄付を受け付けている人は、すべて定年退職後に出会った。

「今日することがある幸せ」

 定年後の日々が面白くないのは「今日することがない」ことだという。何もすることがない、誰からも必要とされない、そのような思いは定年後の日々をみじめなものにする。
 することがある、必要とされる人、場所がある、その思いが日々を充実させる。

 人生はいつでも、今が一番若い。何歳からでも新しいことは始められる。


谷川氏の著書
 谷川氏の著書『奔走老人』
 谷川氏が理事長を務めるNPOは、学校建設のための寄付を受け付けているが、寄付者にはお金だけでなく、実際の活動にも関わることを勧めている。「金だけでなく、口も出してもらう」がAEFAのモットーだ。
「自分も関わるほうが、ただお金を出すよりも圧倒的に楽しいから」だと谷川氏は語る。それは自分自身の経験から出てくる言葉だ。
 そして「手伝うなら自分で全てをやる自己完結型。半端に手伝うのはダメだ。魂を込めてほしい」と言う。魂を込めて活動した結果、はまってしまう人が多くいる。「奔走老人がバンバン出てきちゃってますね」と彼は笑う。

「我々熟年世代は、戦後の経済発展の中、結果として幸せな人生を送ったと言えます。でも、それは自分ひとりの力ではなく、社会のおかげなのです。私には3人の息子がいますが、それぞれに成長してくれています。すべて社会のおかげです。生涯現役として、その社会に恩返し人生を送りたいものです。

 私がこのような活動に関わることができたのも、ご縁があったからです。また、妻が亡くなっていなかったら、私は企業戦士として退屈な定年後を過ごしていたかもしれません。
 妻は今も、私のことを見守ってくれています。生前は自身の行動で人としてとるべき態度を示してくれました。私が今、こうして充実した毎日を過ごせているのも、妻のおかげに違いありません。

 偉そうなことを言うつもりはありませんが、私と同じ世代で、定年後の新たなことを起こすはじめの1歩をどうやって踏み出したらいいかわからないという方、私と一緒に奔走老人の仲間になりませんか?」

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