遠くに本社を構える理由は?
アービトラージ(裁定取引)の大御所が、スターク・インベストメンツのブライアン・スタークとマイク・ロスだ。
アービトラージ(裁定取引)は、取引で生じる価格のゆがみを見つけて、複数の証券を同時に売買し、銘柄が適正価格に収れんしていく過程で収益をあげることだ。
市場というものは一定の効率性を持つと考えられているが、海外の市場などは時として大きな非効率性を持つことがあり、そこに着目し、利益を出す。
ブライアン・スタークはこのアービトラージの専門家で、転換社債アービトラージ、リスク・アービトラージ、第三者割当(プライベート・プレイスメント)に強みを持つ。
スターク・インベストメンツは、ミルウォーキーの郊外にある。
ヘッジファンドというと、ニューヨークのウォール街にあるイメージが強いが、スタークが拠点を構えているのは違うところだ。ほかのヘッジファンドと同じようにニューヨークにあった時代もあるが、創業者のスタークとロスの故郷であるウィスコンシン州に落ち着いた。
メリットはデメリットでもあるので、場所的なハンデはありそうだが、スタークはニューヨークのマネジャーたちよりもよほどグローバルな視点を持っているとされる。アメリカ株が中心のファンドも多いなか、スタークは1987年の設立以来、海外へも積極的な投資を行ってきた。
日本には彼らの得意とする転換社債の大きなマーケットがあったことから、日本にも注目してきた。
海外用とアメリカ国内用の資金の割合は流動的で、この形、というものは決まっていない。多い割合は海外が70%で国内が30%程度だが、それも状況に応じて変わり、海外の割合が90%を超えていたこともある。
スターク・インベストメンツの創業者2人は、ハーバード・ロースクールで出会った。2人とも法律家だ。今まで何人か紹介してきたヘッジファンドマネジャーも、アービトラージに関わる人には法律の知識がある人が多かった。
特にリスク・アービトラージでは、規制上のリスクを評価することと、文書を分析することが非常に重要だ。どんな規制があり、かつてどのような訴訟が行われたかなども、取引の結果に影響を及ぼす要素となる。
スタークは法律関係の学問を修めたが、父は会計士で、スタークが高校生の時に父と一緒に投資を始めた。きっかけは投資に関するパイオニアの人物が書いた「市場をやっつけろ」という本だった。
スタークは父子のコンビで、小さな規模でアービトラージ投資を始め、彼が大学に入学したあとも行っていた。
スタークは在学中にアービトラージに関する本の執筆を始め、ハーバードに入学後も書き進めていく。
その後実際に出版される「スペシャルシチュエーションインべスティング、ヘッジング、アービトラージ、アンド、リキッデーション」(特殊な状況下でうまく投資を行うための手法)では、効率的と思われるマーケットに永続的な取引機会が存在する理由について触れている。
この本に影響を受けたというヘッジファンドマネジャーもいる。
安定のために不安定に目をつける
会社の哲学、戦略、目標は創設以来変わっていない。「私たちの目標は、マーケットの方向とは関係なく利益をあげることであり、リスクを嫌う。元本を保護すると同時に、20%以上の利益をあげたいと考えている。そのために常にアービトラージをしている」
ヘッジファンドマネジャー列伝の22で取り上げたダニエル・オクも、アービトラージを戦略の1つに据えていた。オクの方針も、大勝ちをしないが手堅く勝つスタイルだ。
「何かあったとき」で儲けを出す人たちが好むのは、安定した利益なのが面白い。
スタークは言う。
「私は、マーケットは理にかなっていて効率的であるべきと考えています。それの差し障りになっているマーケットの誤りを見つけるのが好きで、誤りを生み出している取引があるとわくわくして、大きなミスによる価格の差を発見すると、うれしくなってしまうほどです。
ややこしいパズルを解いたり、蚤の市で掘り出し物を見つけたような気分になります」
こうも語っている。
「マーケットは、パフォーマンス志向のビジネスです。自分と投資家の資金を危険にさらしている実生活のパズルです。そこには、ほかの知的活動にはないリスク要素が存在しているのです」
スタークは投資家を選ぶ。考え方が安定しており、長期的な資金を持ち、アービトラージについて理解している人が彼の顧客になれる。資金が少なく、言うことがすぐに変わる、短い期間ですぐに儲けを出してくれと言うタイプの投資家は断ることもある。
「アービトラージとは、証券間の一時的なミスプライスを利用して儲ける方法であり、正しい関係に修復されたときに実際の儲けが出ます。
それがうまくはまらず予想外の時期に資金が逃げてしまうこともありますから、そうなるとそれはマイナスであり、痛手を受けることになります。
なかなかわかりにくい分野でもありますから、プロに任せる、儲かっていないときはあっても長い目で見ていく、そういう考えの方のお金をお預かりし、増やしていきたいと思います」
彼は語る。
スタークは、自分がいなくても組織は回るだろうと考えている。
創業者たちだけでなく、多くの従業員が会社の株を持ち、従業員には会社に出資してもらい、また長期で働いてもらいたいと考えている。
報酬は会社全体のパフォーマンスに連動するなど、「俺が俺が」よりもチームワークを大切にしている。
「厳しい環境で頑張っている人が損を出したとしても、ペナルティを課したりはしません。ほかの人が充分に穴を埋める活躍をしていますから」
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