多くの人が驚いた、トランプ氏の当選。
一部の懐疑的な声はありながらも、日本のマスコミや知識人のほぼすべてが、クリントン氏当選と予想していた。
そのなかで、選挙の前から「トランプ氏当選で間違いなし!」と断言していた人物が2人いる。
選挙前には多くの討論番組が放送され、ほぼすべての人がヒラリー氏当選を予想。トランプ派にとってスタジオは完全アウェイ、宮根誠司氏などの司会者にすら苦笑されるなかでも、彼らは自説を貫いた。
1人は木村太郎氏だ。元NHKワシントン支局特派員の経歴を持ち、アメリカ大統領選は6度の取材経験がある。
トランプ氏が当選すると予想した理由を、木村氏は「記者としての直感」と語ったが、その直感には多くの裏付けがあった。
藤井氏は選挙前に行われたテレビ討論会で「ヒラリー当選を予想した人は全員素人!」とまで断言し、ヒラリー派に何を言われても自説を決して揺るがすことがなかった。
彼らの主張の根拠となったものを追ってみよう。
1.トランプ氏支持者は「低所得の白人で人種差別主義者で女性蔑視の人たち」ではなかった!
選挙の結果を知った多くの人は「不法移民に仕事を奪われた田舎の中間層の白人がみんなトランプに入れたからだ」と考えた。
確かに都市部ではヒラリー氏が勝った地域も多く、その要素はかなり大きい。
ただし、それだけでトランプ氏が勝ったわけではなかった。
木村氏がアメリカで有権者に「どちらに票を入れるのか」と聞くと、最初は言葉を濁すことが多かったという。投票に行かないという人もいたが、よくよく聞くと多くの人がトランプ氏に投票するつもりだとわかった。
そう答えた人の中には都市部の人や、アッパークラスの人、トランプ氏の政策では規制される側になる移民なども多く含まれていた。
「なぜトランプ支持を隠すのか?」と聞くと、返ってきたのは「マスコミが想定しているトランプ支持者は、低所得の白人で人種差別主義者で女性蔑視の人たち。隠さないほうがおかしい」という言葉だ。
そのように認識されるのを恐れ、調査会社の質問にも多くの人がトランプ氏支持を明言しなかったり、ヒラリー氏を支持する、投票しないと答えていた。
「『隠れトランプ支持』の数は想像以上だ、と思いましたね」
木村氏は語っていた。
木村氏が現地での取材で引き出したのは「トランプに投票する」と言う人たちの本音だ。なぜ彼ら彼女らはトランプ氏を選ぶことにしたのか。
「トランプは私たち普通の国民のように、現在行われている政治に対する不満を口にする」
「ヒラリーはよくわからないことを言っているけれど、トランプは現実的な問題を語っている」
多くのアメリカ人にとって、当事者意識を持てる候補者、それがトランプ氏だったのだ。
「彼の暴言の数々は、米国人が言いたくても声に出せないことだ、そう感じました」
木村氏は語った。
「トランプ氏の、軍人やインテリ層からの支持はトップクラス」
藤井厳喜氏の言葉だ。藤井氏によると、トランプ氏はアメリカ軍に対し、非常に敬意を払っているという。
「日本も核を持て」「在日米軍の駐留費用は日本に負担させるべき」などの過激な発言ばかりが取り上げられてきたが、藤井氏の目から見ると、トランプ氏の考えは一貫していて矛盾がない。
トランプ氏は、「強いアメリカ」の象徴として、アメリカ軍には強くあってほしいのだ。だが現実的に予算は厳しく、かけられる費用には限りがあるので、お金をかけるべきところに集中したい。そのため、彼の考えでは無駄な費用を発生させる国外の基地等は削減したいのだ。
中国の存在が日本にとって脅威であるならば、日本に核を1つ置くことで軍備を増強せずとも極東アジアの治安は保たれる。核は嫌だというならば、代わりのアメリカ軍を日本に派遣するための費用は、核を拒否する国が負担するのが筋。
「トランプは言い方が下品だが、実はまともな人」
藤井氏の言葉だ。そのような考えだからこそ、軍人や同程度の知識レベルの人たちに強く支持されているのだ。
2.メディアの偏向報道
木村氏が現地取材で見てきたのは、トランプ氏がアメリカ各地を演説で回った際、どの地でも多くの人に熱狂とともに迎えられる姿だ。
トランプ氏は演説がうまい。多くの人が彼の話を聞きに足を運ぶ。
彼は演説の場で「間違ったトランプの像を作り上げたのはメディアだ!」と吼える。
「今ここに来ているメディアはどこも、この多くの聴衆の数を報じない! 一部の狂信的な人がトランプの支持者かのように、間違った画を真実のように伝えている!」
木村氏はメディアの偏向報道にも切り込んだ。
「アメリカの主要ニュースネットワークの1つ、CNNは『クリントン・ニュース・ネットワーク』と揶揄されるくらい、クリントン氏が有利という調査結果を連日流したりと、クリントン氏陣営に有利な報道を行ってきました。
CNNに限らず、ほとんどのメディアがクリントン氏に有利な内容でした。中立と思える報道をするところは、数えるほどしかなかったのです。そこにメディアと有権者の温度差が発生していました。
なお、中立な報道をしていると思えるメディアが発表していた世論調査結果は、支持率はほぼ互角というものでした。
また、クリントン氏は演説が下手で、クリントン氏の演説に有名アーティストが来たといった報道が度々されましたが、そうでもしないと人が集まらないことの裏返しでもあります」
3.「国境の壁」は必要不可欠!?
藤井氏は「トランプ氏は下品だがまとも」と言ったが、多くの批判を浴びた彼の発言の1つ「メキシコとの国境に壁をつくれ」を木村氏は検証した。
木村氏はアメリカの、メキシコとの国境があるアリゾナを訪れた。国境には一部壁があるものの、ほとんどの国境には何の障壁もない。ここからメキシコの不法移民が次々と、1日に数十人単位でアメリカに入ってくる。
現政権の民主党は、それを黙認してきた。8年にわたる不法移民寛大策をとり続けてきた結果、移民が白人の中間層が主に担っていた仕事を安い賃金で請け負うようになり、多くの白人が職を奪われた。
木村氏は国境付近で、不法移民を取り締まる自警団の男性に話を聞いた。現政権が寛容でまともな取り締まりをしない結果、仕事を次々と奪われて彼の経営していた会社は倒産、生活は苦しくなったという。
不法移民が入ってくることのないように壁をつくるというのは、その男性に意見を求めれば、是非やってほしいと言うことだろう。
そう考えると、トランプ氏の発言は、当事者たちにしてみれば、決して過激なものではなかったのかもしれない。
クリントン氏が当選すると読んだ知識人の中には、日本と異なる「アメリカの投票システムの煩雑さ」が低所得な人たちを投票から遠ざけることになると考えた人もいた。
用紙1枚あれば投票できる日本よりも手間がかかるので、低所得者はその手間を惜しむ、すなわちトランプ氏に票は集まらないと考える人もいたが、当事者たちにとってみれば、その煩雑さなど乗り越えるレベルに、移民問題や経済格差といった事態は深刻だったのだ。
現在のアメリカの政策には、多くの人が不満を抱いていた。そして、トランプ氏の掲げる政策や言動に、多くの人が自分事として共感していた。低所得者から中間層、インテリ層まで幅広く分布していて、その数は偏向メディアからの情報にしか触れなかった多くの日本人が考えていたよりも、はるかに多かったのだ。
「トランプ氏が大統領になれば、日本はかならず不況になる」
木村氏は言った(ヒラリー氏が大統領になってもなるとも言っている)。
「トランプ氏の大統領選出は、日本にも大きな影響を及ぼしそうです。先日アメリカで、トランプ氏のアドバイザーに会いました。彼によると『アメリカは世界の安全のためにいろいろな国を助けてきたけど、もうできない。悪いけど手を引くよ』それがトランプ氏の基本的な考え。
おのずと日米安保についても考え方を変えないといけなくなります。もしかしたら沖縄の基地がなくなってしまうかもしれない。
それによって、憲法改正の議論が甘く感じるくらい、日本人はこの国をどうやって守るのか、本当に血を流して戦うのかという議論が現実的になると思います。
もちろん、そうじゃない選択もあると思います。でも、国としての方針を真剣に考えないといけなくなるのは間違いないでしょう」