最近「人工知能(AI)」の話題が盛んだ。技術は日々進み、以前は機械にはとうてい無理だったこともどんどん可能になっている。
世界トップレベルの囲碁の名人がAIに敗れたなど、人間を超えたと思われる成果もあがってきている。
その結果「人間の仕事はAIに奪われるのではないか?」という不安を覚える人も増えている。
不安を検証する前に、現在はどのようなAIが実用化しつつあるのかを確認しよう。経済評論家の加谷珪一氏に話を聞いた。
医師の仕事の7割は機械が代替?
AIが今や、問診も行えるようになった。その結果はすべてAIに蓄積される。
問診を行い、結果を記録することは人間にも当然できる、むしろ人間のほうが優れているのは間違いないが、日々医師にチェックし、記録してもらうのは、かなりの費用がかかる。できれば問診の環境は同じほうがよいので、毎日の同時刻に行うとすれば、医師の常駐にはコスト、環境面から困難な部分が多い。
AIならば、専門のロボットを置いておけば毎日同じ環境で問診を受けられる。
導入に費用は発生するが、一度導入してしまえばその後の維持にかかる費用は少ない。お金を払っても「マイ問診ロボット」を持ちたい富裕層は多いのではないだろうか。
医師の活動の6~7割は問診とされている。つまり、医師の活動の6~7割がAIでできることになる(さすがに手術はAIではできない)。
本当にAIを導入してよいかは既存の規制や医師法との兼ね合いによるが、AIにより、医療はかなり身近な存在になるかもしれない。
法律相談は弁護士の仕事じゃなくなる?
かなりAIが代行できる分野の1つで、医療同様、AIの力で一気に身近になりうるものだ。
現在、弁護士事務所に行くのはそれなりのハードルを超える必要がある。
街の法律相談なども、よほどの重要なものでない限り行かない人が多いだろう。
では多くの人が法律について無縁、興味もないのかというと、決してそのようなことはない。
「これって違法じゃない?」「法律でどう定めされているか確認したい」と思うことは、たくさんある。実際に行っていないだけだ。
このような法律に関する、弁護士事務所にわざわざ行くほどでもないことに関して、AIは大きく活躍する余地がある。
法律を100%理解したロボットが、疑問・質問にすべて答えてくれる。
税理士・会計士は完全に不要に?
「AIに奪われる可能性が最も高い仕事」とされているものだ。会計や税金に関することは、「誰がやっても同じ数字になる」ことが求められ、A税理士が計算すると税額が安く、B税理士は高いというような、関わる人による差がついてはいけない。
同じ結果が求められるならば、ミスをし得る人間よりも、絶対に計算間違い等を起こさない機械のほうが、正確性も高くなる。
プロフェッショナルの士業に頼むといちいち費用が発生することも、AIに要望を伝えれば無料もしくは低価格で計算が完了だ。
「この状態だと後々払う税金はこうなるか。ではここで投資に回したら? 社員に還元したら?」というように細かいシミュレーションができるのであれば、企業経営者にとって大変ありがたいのではないか。
今回の技術革新で仕事を奪われないのは……
その昔、産業革命が起こった結果、物を運ぶ屈強な男たちは蒸気機関の出現で仕事を奪われた。そのとき機械にとって代わられたのは低賃金な単純労働だったが、AIの出現により奪われるのは知識偏重型の賃金が高い仕事だ。
医師、弁護士、会計士、アナリスト、パイロットなどが危うい。
資産運用の世界でも、AIは一般的になっている。
運用にコンピュータープログラムを活用することは、ヘッジファンドの世界ではもはや主流だ。
運用を行うヘッジファンドマネジャーの報酬ランキング上位者のほとんどが、コンピュータープログラムを利用して運用している。
複雑な計算や分析は、もはや人間には到底無理な世界で、機械を使って行う必要がある。
一方で、人に接する仕事は決してなくならない。散髪を行うAIはもしかすると技術的に実現可能かもしれないが、そのような機械を開発するよりも、QBハウスに行けば1000円でカットができるのでコスト的に合わない。
頼む側も、機械にやってほしくないだろう。エステティシャンなども同様だ。
つまり、銀行であれば窓口の女性は機械に仕事を奪われることはないが、融資の審査等を行う部門はAIにとって代わられる可能性が高い、ということだ。
そのような理由から、AIの普及にはハイレベルな知的労働者のほうが戦々恐々としている。
ただし、悲観的になることはまったくない。機械にやってもらえる仕事が増えたとは、人間にしかできない仕事に専念しやすくなったことを意味する。
弁護士であれば、今まで膨大な労力を費やしていた法律や判例などのチェック、調べ物などの単純作業をAIにやってもらえるようになった。
AIのおかげで得られた法的知識をもとに、現実世界で起きている事柄に対し、臨機応変な判断を行うなど、人間しかできない仕事、創造的、クリエイティブな仕事をしっかりやることが、この先行うべき仕事だ。
銀行員も、単純な審査は機械に任せておいて、機械には判断のつかない決定をそれまでの経験等から行う、それがプロの仕事だ。
「業績は非常に好調だし、審査も一切問題なかった。だが金を貸すのはやめておいた。理由は“カン”だ」
そう言って、後の破綻する企業への融資を行わなかったベテラン銀行員がいる。
大正時代、すべての銀行に融資を断られ倒産の窮地に立たされた企業があった。二十三銀行(現大分銀行)門司支店の支店長は「真に商工業の発展に役立つような企業に融資するのが、銀行の務めである」と語り、行内の反対意見を抑え、創業間もなく信用度も低かったその会社へ、無担保という破格の条件で巨額の融資に踏み切った。
その融資により倒産の危機を脱した会社こそ、後の出光興産だ。
「これからはコンピューターがすべての思考活動を行う、と言う人もいるが、今でも解決すべき“問題の設定”を行っているのは人間だ。コンピューターのアルゴリズムは、これまで人が考えもつかなかったリスクを発見できるかもしれないが、問題設定能力を持っているようになるかは疑問だ」
コンピューターを用いた運用で世界トップクラスのヘッジファンド、ツーシグマの創業者デービッド・シーゲル氏も、そう語る。
人間が機械にとって代わられるのではなく、機械にできないハイクラスな仕事をする、機械を使いこなす、それが求められる時代になったのだ。
「奴隷制度が廃止されてからもなお、呼び名こそ変われど、まだ人類には奴隷をやる人が必要なんです。AIが進化して、これからは人間が奴隷をやる必要が本当になくなってくる」
映像監督の二村ヒトシ氏はそう語る。
人類史上初めて、奴隷が必要なくなる時代が近付いている。そのとき必要なのは、人間だからこその仕事だ。
また、AIがさらに進化すれば、膨大なデータを蓄積、分析することで、その仕事が「オリジナル」か「パクリ」かも簡単に判断できるようになるだろう。
真似はすぐに露見し淘汰され、本当の仕事のみが生き残っていく。
今まで時間のかかっていた仕事はAIがほとんど行うことで、無駄な時間がなくなり、今までの経済を維持しつつ、人間がするべき仕事に時間を使えるようになる。
人口減少、労働力不足という現代の穴を、AIは埋める存在になっている。
富裕層は人のやらないことをしたり、人をうまく使うことで大きな財を成し遂げて今ここにいる。
その意味では、AIが発達したからといって何か急ぎ対策を打つ、と言ったことは必要ないだろう。
これまでの通りで問題ない、むしろやりやすくなると言える。
むしろ、先述のようにAIの恩恵を受けることのほうが多いかもしれない。
機械は人間が使うために開発されたものだ。有効活用したい。