富裕層の資産運用では、リスクを取って増やしにいくことよりも家族や子孫のために「守る運用」が特徴としてあげられる。そのような富裕層の間で特に人気があるのが米ドルだ。日本のマイナス金利の環境下での運用は厳しさを増しており、今年3月には年金を運用するGPIFも資産配分を見直し、外債投資の枠を1.6倍に増やすと発表した。今回は、富裕層個人から法人までこぞって投資している米ドルについて解説する。
米ドルを持っていないことがリスク
外貨資産には為替リスクがつきまとうため、一般的には米ドルは持つことがリスクと言われている。しかし、富裕層は基軸通貨である米ドルを「持たないこと」がリスクだと考えている。以下で、その理由を見ていく。
①世界ではドルを持っていない人のほうが少ない
(1)流通量
世界にはおよそ180種類もの通貨が存在している。その中で最も流通しており、信用力が高いのが米ドルだ。2019年のBISのレポートによると、為替市場での通貨別取引高のシェアは以下のようになっている。1日あたり6.6兆ドル取引されている中で、米ドルが44%と圧倒的な取引量を誇っている。
※BIS Triennial Central Bank Survey, Foreign Exchange Turnover in April 2019より筆者作成
(2)信用力
次に、外貨準備高の通貨別シェアを見ていく。外貨準備とは、為替介入や金融取引への備えとして中央銀行が保有している資産のことである。このシェアが高いということは、「国際通貨として認知度・信用力が高い」ということを意味する。世界全体のおよそ11兆ドルのうち、61%が米ドルである。ちなみに日本円は約6%と、米ドルの10分の1しかない。
※国際通貨基金(IMF)より筆者作成。データは2019年末時点
このように、世界で基軸通貨と認知され、実際に使われているのが米ドルなのだ。日本にいたらあまり実感することはないが、米ドルは日本円の5倍以上取引され、各国の中央銀行は10倍以上保有している。これは推測になるが、世界の金融資産の6割以上が米ドル建てだろう。これだけ信用力が高く流通量も多ければ、大幅に安くなるとは考えにくい。
②円安に備えることができる
日本は様々な物を海外から輸入しているため、円安になると小麦粉やガソリンが値上がりすることになる。日本円しか持っていないと、何もしなくても資産価値が減少することになるのだ。資産の一部を米ドルで持っておけば、資産の目減りを防ぐことができる。
では、今後為替はどう動いていくのか。未来のことなので絶対は無いが、筆者は長期的には円安方向に動いていくと考える。理由は、日本が金融緩和を継続するからだ。物価上昇率2%を政策目標としてマイナス金利を導入してはいるもののなかなか成果は出ず、今年2月の上昇率は0.4%だった。アメリカもコロナウイルスの影響で緊急利下げを行い政策金利は現在0%程度だが、昨年は2%前後の水準だった。影響が一服すれば、再度金利は上昇するだろう。日本円ではほとんど金利がつかないため、安定したドルでの運用は増加していくと考えられる。
また、日本は量的緩和も実施しており、円をどんどん刷っている。数が増えれば、必然的に円の価値は下がるだろう。ただ為替市場は複雑だ。下のチャートは2013年から7年間のドル円の値動きである。
日本が金融緩和政策を導入したのは2013年のことだが、円安は限定的だ。日銀が為替介入しているためだ。おおよそ105円-115円の間で動くようにコントロールされているため、短期的にはこれを超えた動きはしにくいだろう。
為替市場を短期で予測するのは難しい。だが、長期では日米の金利差からドル高方向に動いていくだろう。このような実態を踏まえ、富裕層は「資産を守るために、米ドルを持っていないことがリスクである」と考えているのだ。
米ドルを持つことで出来ること
米ドルを持たないことのリスクを説明した。次に、米ドルを保有することで具体的にどういったメリットがあるのか簡単に3つご紹介する。
①米ドルでしか買えない商品で運用できる
グーグル、アップル、マイクロソフト、アマゾンといった、いま世界に名だたる企業の多くは米国の企業であり、米ドルでしか投資できない。投資信託という形でパッケージ化されたものは日本円でも投資できるが、直接株を購入するためには米ドルを持つ必要がある。更に、日本円では買えないヘッジファンドにも投資できるようになる。
②海外での利便性
海外に支店がある銀行であれば、現地の支店やATMから米ドルのまま引出し、利用することが可能である。クレジットカードでの決済も利用できる。海外留学や海外旅行先でいちいち円をドルに換える必要がなく、現金として使うことができる。
③アメリカへ手軽に投資できる
アメリカ経済の今後の成長性も大いに期待できる。国連のレポートによると、2017年のアメリカ人口はおよそ3億2500万人だが、2050年には3億8000万人程度まで増えると予想されている。日本が1億2800万人から1億580万人程度まで減少していくことと比較すると、アメリカの優位は明らかだ。
下のグラフは、1999年を100としたときの日本とアメリカのGDPを成長率で比較したものだ。20年間で日本は1.2倍しか成長していないが、アメリカは1.5倍にもなっている。
※SNAより筆者作成(2019年は推計)
・米ドルを保有する方法は?
ここまで、米ドル投資の必要性とメリットについて見てきた。では実際に米ドル投資をするには、どうすればよいだろうか。
まず、金融機関で為替取引を行い、円を米ドルに交換することになる。この時に注意するべきことは、「為替手数料」だ。円を外国の通貨に交換する時に金融機関に支払う手数料のことで、金融機関によって異なる手数料率になっている。下に比較表を掲載している。それぞれ1ドルあたりの手数料である。例えば1万ドルに交換する場合、三菱UFJの窓口では1万円のコストがかかるのに対し、外為どっとコムはなんと20円だ。
為替取引は銀行かFX業者で行うことになるが、基本的にFX業者の方が安いようだ。時期によりキャンペーンを行っている業者もある。少しでもよい条件で米ドルを保有するために、情報収集はしっかりと行う必要があるだろう。
円を米ドルに交換できたら、いよいよ投資対象の選定だ。銀行で米ドル預金、証券会社で米ドル建て債券、ETF、投資信託、株式、投資助言会社でのヘッジファンド等、数多くの運用対象から選べる。最終的には自分で決めることになるが、もし筆者に資産があったとしたら現金決済用で米ドル預金、長期運用で株価指数連動型ETFとヘッジファンド、一部リスクの高い株式で運用する。各資産の特徴については本題からずれるため省略させていただくが、富裕層が資産を守るために米ドル投資を行っている理由と、「米ドルを保有し、運用する」ことの必要性はご理解いただけただろうか。
資産運用では、成長する市場に資産を配分することが重要だ。米ドルでの運用は、自分の資産を守っていくために不可欠といっても過言ではないだろう。
*ヘッジファンドダイレクト株式会社からの情報提供