■弟子の生涯最大の危機を救った師匠
「後藤と吉田(騎手)が事情を聞かれているらしいぞ」。
1999年、うだるような暑さの8月。人も馬も北へ南へと遠征して閑散としている、この時期のトレセン村(競馬の世界では、美浦、栗東の両トレーニングセンターを指す)。この情報が素早く駆け巡った。
後輩吉田騎手を報復のため木刀で殴打してしまった。1999年、4カ月もの長期間にわたって、騎乗停止処分となってしまった。もちろん一般社会なら刑事事件だが、競馬界では異例の重たい処分だった。
あまりにも長い4カ月。この間、実際のレースには騎乗できない。当然、レースに出られない騎手を、稽古で乗せる調教師もまずいない。この時、後藤騎手の頭には「廃業」までよぎったかもしれない。4カ月という時間は、一人の有望な騎手を消すには十分な時間だった。
だが、朝にならない夜はない。騎乗停止期間は終った。馬主や調教師たちが騎乗を依頼しなければ、後藤騎手はもう終っていた。しかし、不思議なことに騎乗する馬の数は揃っていたのだ。本人も不思議だっただろう。
もちろん、行動自体は厳重に罰するべきだが、事情や背景をよく知っている競馬関係者たちは、後藤騎手に同情していた。「後藤をあそこまで怒らせるなんて」「吉田はいったい後藤に何をやったんだ」などの声が上がっていた。だが、それにしても当初は謎だった。