経営者必見!世界一の部下の育て方【師弟愛】

■恩返し
 弟子が処分されている4カ月の間、動き回っていたのが師匠の伊藤正徳氏だった。各厩舎をはじめトレセン中で、頭を下げて回っていたのだ。調教師とはトレセン村においては絶対的な権限を持つ。馬主と奥さん以外には頭を下げることはないとも言われている存在である。

 伊藤氏は各関係者に2つのことをお願いしたようだ。「後藤を乗せてほしい」「自分が頼んだことを口外しないでほしい」。師匠も自身の騎手時代の経験から、怖れていたことがある。いったん乗り馬に恵まれなくなると、勝てなくなる。そうすると、良い馬に乗るチャンスから遠のいていってしまう。負のスパイラルに陥ることを怖れていたのだ。

 師匠の心配をよそに、後藤騎手はおかげで1999年暮れに復帰を果たし、翌2000年には初の年間100勝を達成。関東2位の好成績を収めた。見事に正のスパイラルに転じた。そのち、競馬という狭い世界で、後藤騎手の耳にも師匠の行動は耳に入った。

 1992年に騎手デビュー。競馬学校を卒業し伊藤氏が身元引受人となり、イチから競馬のイロハを学んできた。だが、後藤騎手は、まだ「先生に恩返しをしたことがない」と考えていたという。いつもそれが頭の片隅にあった。

 前出のローエングリンは、師匠の伊藤正徳厩舎の超良血馬。それまでに何度も乗っていたが、結果を出し切れずに降ろされる憂き目にあっていた。だが、馬も衰え力が落ちてきた8歳となり、2007年2月の中山記念で約2年ぶりに騎乗機会が回ってきた。

 何とか馬にもう一花咲かせてやりたい師匠。その力になりたい弟子。その思いは一つになり、馬に乗り移っていたかのようだった。レースはスタートした次の瞬間から、ローエングリンが軽く先頭に立った。夕陽に照らされた栗毛の馬体は、まばゆいばかりの光を放ちながら、後続を引っ張り、そのままゴールへ。一瞬たりとも先頭を譲らないパーフェクトウィンだった。

 レース後に師匠に肩をギュッと抱かれた後藤騎手。レース後のインタビューに「今日の勝利によって先生に恩返しができた。僕も辛かったが、先生にもこの馬で色々な思いを経験させてもらって、今日は言葉が何も出ないです」と語った。

 後藤騎手はその後も順調なキャリアを歩み続け、本業以外でも、TV、雑誌連載やイベントなど引っ張りだこ。競馬番組では、ほしのあきさんから「ゴッティ」と呼ばれるなど、愛されるキャラクターで、競馬の魅力を伝えることに貢献している。今や日本の競馬になくてはならない存在でもある。

 この師匠に、この弟子あり。上下関係がドライになりつつある現代においても、師匠の行動一つで弟子の未来が変わることがある。弟子の最大の危機に、師匠であるあなたはプライドをかなぐり捨てて動くことができるだろうか。

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