山一證券での失敗が教訓に
1997年、「失楽園」が流行語となったこの年、11月に入り拓銀、三洋証券と相次いで経営破たん。経済的に寒い冬の到来を告げていたが、この直後にさらなる大きな寒波が襲った。
11月24日、「社員は悪くありませんから」と山一證券の野澤正平社長が会見した。「山一證券が自主廃業」という信じられないようなニュースが飛び込んできた。1897年創業の名門企業が思わぬ結末を迎えるとは、誰もが考えていなかっただろう。その出来事に最も大きなショックを受けていた個人投資家。それは竹田和平さんだった。この時点では個人筆頭株主だったからだ。
「結局、大きい所(会社)はようわからんわねぇ。だから山一が破綻してからは、小さい所に投資して励まし役になろうと思ったわけ」
ここが投資家・竹田和平さんの大きな転機だった。投資家にとっての負けは、次に勝つための試練の場でもある。これで竹田さんは方針を転換して、小さくても魅力ある会社を株主として応援しようという方針に転換するきっかけとなったことは言うまでもない。
竹田和平さん