我が子をボーディングスクールに留学させて良かったと感じるメリットの1つに、「勉強すべき課題が学校だけで完結すること」があります。これは一見当たり前みたいですが、ゆとり教育が導入されて以来ますます公教育への信頼性が揺らいでいる現在の日本では、期待しにくいことのような気がします。
その昔、私の亡父は旧制高校を卒業しました。私は幼少の頃から、父が自分の旧制高校時代を語るのを、繰り返し聞かされて育ちました。桜と楓がボーディングスクールで送った日々の様子は、当時の父の学生生活とかなり似通っています。
父はのちに京都大学へと進学しましたが、生前の父が話してくれた思い出話は、京大より旧制高校のものがはるかに多かったと記憶しています。旧制高校は、文科と理科に分かれてはいたものの、全人教育に力が注がれていたお蔭で、たとえ理科であっても語学に堪能で哲学の造詣深く芸術を愛する卒業生が輩出されたそうです。
かつて日本に存在した旧制高校に代表されるユニークな教育・学校制度は、戦後、あっさりと切り棄てられ、平等教育へと大きく方針転換されました。
一様に均された公教育を補うために塾が台頭し、お受験ブームが低年齢化するさなか、二児の母親となった私は、たちまち「ちょっと待って!」と悲鳴を上げてしまいました。フルタイムで働く医師の仕事と子どもの教育が、ちっとも両立しないのです。
女医でなくとも、仕事を持つ女性はみんな、「ちょっと待って!」と叫んでいるに違いない、と私は思います。いつの間にか日本の教育のスタンダードは、学校プラス塾という、ダブルスクール構造になってしまっているからです。幼稚園や小学校から帰宅した我が子を、そのあと塾へ送り届けたり、夜遅くお迎えに馳せ参じたりしなくてはなりません、時にはお弁当まで持たせて。「そんなの無理。仕事をしながら、とても付き合っていられない」。
「子どもの保育と仕事」の両立が図られても、「子どもの教育と仕事」の両立が難しいところが、働く女性に産むことを躊躇させている要因ではないかと推察しています。いくら保育園や学童保育の受け入れ人数枠が広げられようとも、どうやら子どもを安穏とそんなところに預けたまま仕事をしていて済むはずがなさそうだゾと、多くの女性が勘付き、「仕事を続けたい私には、お母さん業は務まらないわ」と怖じ気づいているのではないでしょうか。
「子どもの教育と仕事」の両立の難しさは、お稽古事に関しても言えることです。桜と楓が小さかった頃、お稽古事の送り迎えには本当に悩まされました。仕事の合間にへとへとになりながら私が自分で連れて行ったり、ベビーシッターさんに付き添ってもらったり、自宅に出張して下さる先生を探したり。仕事をしていても、娘たちの教育やお稽古事は手を抜かず、ちゃんとしたものを与えてやりたい。そう考えて、かなり必死でしたが、全人教育と呼ぶにはほど遠い状況でした。
そんな我が家でしたけれども、桜と楓がボーディングスクールに留学したのを契機に、塾やお稽古事の悩みをスッパリと断ち切ることができました。
ガレンでは、放課後のホームワークの時間にも先生がお勉強を見てくれましたし、お稽古事に該当する課外授業(=プライベートレッスン)も、ピアノ・バレエ・アート・各種弦楽器・乗馬・テニス・柔道のほか、ドイツ語・イタリア語・スペイン語といった、英語とフランス語に次ぐ第三の語学科目に至るまで、さまざま用意されていました。課外授業を教えるのはガレンのクラス担任の先生ではなく、それぞれプロの講師なりインストラクターなりが定期的にガレンを訪ねるか、或いは各スポーツ専用施設までガレンのスタッフが生徒を送迎します。隣接するエイグロン・カレッジという大きい生徒ばかりのボーディングスクールに、ガレンの小さい生徒がバレエのレッスンだけ受けに出かけたりもしていました。
課外授業には、1ヶ月あたり数千円程度のフィーが別途かかり、1学期毎にまとめて精算するシステムでした。
ガレンのプライベートレッスンに端を発して、我が家では、桜はビオラと乗馬、楓はバイオリンとテニスを、今もずっと続けています。姉妹のビオラとバイオリンは、現・在籍校のオーケストラに加えてもらえる程度の腕前になりました。英語やフランス語とともに、楽器やスポーツもまた世界中で通用する雄弁なツールとして、彼女たちの行く先々で身を助けてくれています。
そしてもちろん、本場アルプスの気候を生かしたスキーやスケートなどのウィンタースポーツも取り入れられています。とはいえ、これらは課外授業ではなく、全員が必修することを前提に正規のカリキュラムに組み込まれ、冬場の午後はほとんど毎日ゲレンデで過ごします。アルプスの良質な雪は、インドやアフリカの暑い地域からやってきた生徒をも、いっぱしのスキーヤーに育ててくれます。
詰め込みの知識だけに偏らない「プラスαの教養」や「のりしろ」をなるべく多く持たせつつ勉学も取りこぼさず身につけられるような教育環境に、一定期間継続して浸るには、ボーディングスクールは、まさに打ってつけでした。