サーフィンは癒しのスポーツだ

 最近、余暇に海へ向かう大人が増えている。若者に混じって、どう見ても40代、50代といった人々がサーフボードを抱えて、海に入ってゆく。夏ならばまだしも、冬でもだ。また、女性が多いのにも驚かされる。そして、著名人や富裕層にも、愛好者が多いと聞く。なにが彼らをサーフィンに駆り立てるのだろうか。


筆者が通うバリでも、大人サーファーをよく見かけるようになった

 理由の一つは、道具の進化だろう。サーフボードの素材や形は日夜研究され、著しい性能の向上を遂げた。結果として若い頃よりも体力や運動能力が落ちても波に乗れ、楽しめるようになったのだ。

 また、周辺の機材、特にウエットスーツの進化も素晴らしいものがある。ゴムは柔らかく動きやすくなり、冷たい水が侵入しにくい構造になった。数年前にはドライスーツが導入され、真冬でも暖かく、しかも身体を濡らさずに波乗りを楽しめるようになった。四季のある日本で快適に波乗りをするには、絶対に外せない要素だろう。


ドライスーツは関東以北の冬には 欠かせないアイテムとなった
 これら道具の進化は、女性にとっても追い風になった。力に自信が無くてもサーフィンを楽しめ、動きやすく暖かいスーツが守ってくれる。

 そして当たり前かつ重要なことに、道具に関しては資本主義がものを言う。大人買いが出来る世代が、海へと繰り出すのは当然の成り行きだろう。

 しかし、ただ道具が良いから、皆が海に向かうのだろうか。いやいや、それだけではないはずだ。もっと大切なことは、仲間の存在だろう。

 仲間同士で波を分かち合い、お互いのライディングを見ては声をかけ、励ましたり、ふざけ合ったりする。海から上がった後も、話題はいつもサーフィンのことばかりだ。そうやって絆は自然と深まってゆく。一緒にサーフ・トリップに行けばなおさらだ。利害関係なく共に遊び、笑い、時に助け合う。年齢も、性別も、職業も、収入も関係ない。誰もが海の上では対等なのだ。仕事の付き合いばかりになりがちな世代も、誰とでもすぐに親しくなれ、交遊の幅が広がるのも魅力だ。サーフィンで出会った友達は、ソウル・フレンドとなる、これは断言しても良い。


親子ほどの年齢差がある筆者の友人たちも海では対等な仲間だ

 だいぶ核心に迫ってきたようだが、もう一歩というところだ。なんだかんだ言っても、最後は自分がどう感じるかだ。サーフィンにはまってしまった大人にその魅力を尋ねると、必ずと言っていいほど同じ台詞がかえってくる。「全てを忘れさせてくれる」と。彼らの思いを私なりに補足して、表現すると以下のような感じだろうか。

 波間に浮かび、うねりに身を任せていると、本当に幸せな気分に浸れる。今この瞬間に太陽と地球の間で、ちっぽけな自分の心臓が動き、息をしていることが奇跡に思えてくる。生きていることに対する感謝の気持ちが湧いてくる。普段の生活での心配事やストレスが、どうでもよい小さな事に感じられる。そして、全てを忘れて波と戯れ、海から上がったときにはすっかりリセットされた自分に出会えるのだ。


ワイキキ沖で見たサンセットは心の中を洗い流してくれた

 複雑な人間関係に置かれ、忙しい日々を送る者が、サーフィンに引きつけられる理由が伝わっただろうか。実際に今こうして原稿を書いている私自身も、海に行きたいという衝動を禁じ得ない。私にとってそれは、既に欠くことのできない処方箋なのだ。次の休みには癒しを求めて海に向かい、仲間と波待ちしていることだろう。さて、あなたはどうする?

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