再び、ボーディングスクールへ

 2005年秋学期になると、桜と楓は、日本国内のインターナショナルスクールで5年生と4年生に進級しました。通学にも慣れ、このまま平穏に毎日が続くかに思えたちょうどその頃、私と同業の医師である夫に、上海赴任のお話が舞い込みました。

 東洋医学が重用されてきた中国で、西洋医学が主体の新しいクリニックを立ち上げるプロジェクトに参画させてもらえることになり、夫は「自分の目で発展を遂げる上海を実感したいので、このチャンスをぜひ生かしたい。行かせてほしい」と言いました。

 それまでの数年間、夫が、娘たちの子育てと教育に最大のウェイトを置き、自分の願望はことごとく二の次に回して我慢していたのをよく知る私は、もろ手を挙げて彼の上海行きに賛成しました。しかし、自分のクリニックを休めない私は帯同することができず、単身赴任になります。

 すると、たちまち困ってしまうのが、娘たちの学校生活でした。我が家では、父親が欠けると、インターナショナルスクールの生活は立ち行かなくなるのです。

 何故って? そのあたりの事情をご理解いただくためには、インターナショナルスクールの日常について、もう少し詳しく述べる必要があります。

 インターナショナルスクールに子どもを通わせる親は、多大な負担を強いられてでも、子どもに力を貸さなくてはならない場面がいくつかあります。経験的には、次の3つがそれにあたると、私は考えています。
(1)ホームワーク
(2)送り迎え
(3)週末の子ども同士のお付き合い

 これらのうち、(1)と(2)については、既に解説したとおりです。(3)に関しては、まだ触れていませんでしたね。

 週末の子ども同士のお付き合いを、生徒たちは「インビテーション」とか「スリープオーバー」と呼んでいます。要するに、お互いのおうちに招いたり招かれたり、といったことを指すのですが、インターナショナルスクールでは、通学圏がやたら広いにもかかわらず、インビテーションが非常に頻繁に行われます。つまり週末には、インビテーションの送り迎えが親の役目に追加されるのです。

 子どものお誕生会によび合うのは日本でも一般的ですが、お誕生日でもなんでもない日にも、生徒たちはしょっちゅう、それぞれの自宅を気軽に行き来します。ひと晩お泊りでよばれて(スリープオーバー)、翌朝はお友達のおうちから車で送ってもらって登校したこともありました。また時には、家族ぐるみで参加するお茶会やホームパーティーが開かれたりもします。

 およばれするばかりではいけませんから、我が家にお招きすることもあります。これが、インターナショナルスクール、すなわち多国籍のお子さん相手となると、準備がちょっと大変です。「誰ちゃんは宗教上ベジタリアンだからお肉が食べられないよ。1人分だけ、全部取り除いてあげてね」だの、「誰ちゃんはご飯にケチャップをかけて食べたことないから、チキンライスを作るんならケチャップとご飯は別々に(?)盛ってねって言ってたよ」だのと、お料理ひとつこしらえるのにも手間がかかるし、ややこしいったらありゃしない(ちなみに、学校のカフェテリアで出される生徒用のランチは、メニューによっては普通食とベジタリアン食の2本立てで供されます)。待ち合わせ時間に対する勤勉さにもお国柄が表れ、予定が狂っちゃうことも織り込んでおかなければ!

 それはそれで、子どものみならず親にとっても楽しい思い出・嬉しい悲鳴であって、得がたく貴重な異文化体験として印象深く心に残ったことには間違いないのですが、両親とも仕事をしていて、あまり時間に余裕がない我が家は、かなりキュウキュウしながら、娘たちが円滑に友情を結ぶ手助けをするために、余暇をやり繰りしたものでした。

 以上のように、(1)~(3)は、子どもをインターナショナルスクールに通わせる親が、覚悟を決めて全うしなければならない重要な役割です。言わば、インターナショナルスクール入学と同時にもれなくセットでついてくる、「親の宿命」であります。

 それなのに、夫が上海へ単身赴任するとなると、この激務すべてが、私ひとりの肩に圧し掛かってくるというわけです。その上、学校行事は両親そろって参加するのが当たり前だし、学期ごとに行われる先生との個別面談にも、いつも夫が皆勤してくれていました。

 私ひとりでは、お勉強はきっと十分に見てやれない、送り迎えは遅刻しまくりだろうし、インビテーションも3回に2回くらいはパスしなくちゃいけないかもしれない……。そうなれば、娘たちの学校生活は、これまでとはガラリと変わってしまうでしょう。

 一方、もともと夫と私の頭の中には、ボーディングスクール信仰が根強くくすぶっていましたので、「よし! 桜と楓を、再びボーディングスクールへ行かせよう」という結論に達するのに、さほど時間はかかりませんでした。

 インターナショナルスクールとボーディングスクールはよく混同されがちなのですが、私は、両者は全く別物だと考えています(スイスだけは例外で、たまたまボーディングスクールがインターナショナルスクールの側面も兼ね備えている特殊なケースです。ただし逆は真ならず)。

 そして私どもでは、どちらかといえば、インターナショナルスクールよりもボーディングスクールで受ける教育にこそ、意義を見出しています。

 日本では近年、インターナショナルスクール人気が過熱していますが、インターナショナルスクールを志願される方の多くが、「英語の習得」そのものを目的となさっているように感じられます。

 そういう皆さんに問いたいことがあります。
●インターナショナルスクールで行われている教育と、日本のそれとの違いを充分に認識し理解していますか?
●お子さんをインターナショナルスクールに行かせたあとの進路を、どういう風に想定されていますか?

 「英語の習得」そのものを目的としてインターナショナルスクールを志願なさる場合はしばしば、これら2点の問いかけに対して、曖昧なお答えしか返ってきません。そして逆に、明確な回答がすぐさま出せる方には、私は「日本国内のインターナショナルスクールだけでなく、海外のボーディングスクールもぜひ選択肢に入れてください」とお勧めしたいです。

 我が家みたいに、既にインターナショナルスクールに在籍している日本人のお子さんを海外のボーディングスクールに出されるご家庭は、実は決して珍しくありません。「英語の習得」そのものを目的とされている方から見れば、「元の学校にいたって英語が身に付くのに、どうしてわざわざ試験を受けてまで他の学校に?」と不思議に思われるかもしれません。けれども、「英語は最終目的ではなくツール」ととらえ、その先にある目標(我が子に英語を持たせてそののち何をさせたいのか?)をはっきり見据えておられる方にすれば、「当然」の選択肢の1つになるわけです。

 「日本国籍でありながら、日本国内のインターナショナルスクールへの入学」を切望するのは何故なのか、英語は目的なのかツールなのか、我が子に与えたい教育は何なのか、今一度、熟慮してみられることをお勧めします。

 海外のボーディングスクールでうまくやっていくためには、「英語は最終目的ではなくツール」として使いこなせることが前提条件です。娘たちは幸い、学年相応の英語力と学力を持ち合わせていたので、アプライできる学校の選択肢は、世界中にかなりたくさんありました。

 それら多くの候補から、今回は、「学期ごとに親が送り迎えをしなくても子どもだけで往復できるよう、日本から直行便が飛んでいて飛行機の乗り継ぎの必要がない地域」を条件にターゲットを絞り、さらに、教育内容や生徒構成、大学への進学実績などを加味した結果、オーストラリア・メルボルン近郊のジーロングにあるGeelong Grammar School(以下、GGSと略します)に進学することになったのです。

 次回は、GGSの入学試験や、GGSでの留学生活について、お話しいたしましょう。

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