中国、台湾メディアの話題を独占した資産130億円の美女

劉さんは両親とも軍人出身の“軍人家庭”生まれ。幼い時から、聡明で活発な彼女は男の子のように育てられた。15歳で軍事学校に入学。その後は、チチハル東北重機学院に入り、1992年20歳で退役すると、翔鷹装飾公司を創業した。その後も勉強は続け、ハルビン工業大学の修士を取得するという異色の経歴の持ち主で、多くの論文も発表している。

 「人がしない苦労をし、人ができない仕事をし、人が耐えられない労働をする」が劉さんの座右の銘だ。また、常に学びを大切にし、家や会社には経営管理、人材育成、証券、経済形勢分析などの書籍が積み上げられているという。起業から十数年で、11の子会社を持ち、資産は8億元(約104億円)という大企業に成長。黒竜江省政府が支援する60企業のうちの1つにも選ばれた。創業当初、主な事業内容は道路や橋の測定や、基礎工事だったが、彼女を加速的に富豪ならしめたのは、不動産、道路建設と水道事業だといえる。

 もうひとつ、劉さんが大切にしている言葉がある。それは“富不忘仁”。ここ数年で、社会公益事業に寄付した金額は1200万元余り(約1億5600万円)に上る。2008年、劉さんが全国政協委員となり他の富豪と合同記者会見を行った際、会場の関心はすべて彼女に集まった。多くの人が質問したのが「富豪が貧しい人々の声を代弁できるか」ということだった。その席上で劉さんが使ったのが「富豪になったとしても“仁”を忘れない。」という表現だった。

 劉さんは常々、伝統的に独占状態になっている業種に、民間企業を参入させるべきだと主張している。今回の会議上でも都市のインフラ整備に民間企業を参入させるための細かい規則の設定を求めるなど、経営環境の改善を呼びかけた。こうした意見が出されると、会場には大きな反響があり、人々は何度も“最も美しい政協委員”の風采に引きつけられていた。

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