厳格な英国系ボーディングスクールである Geelong Grammar School(以下、GGSと略)では、場面に応じたドレスコードがいちいち決まっていて、スポーツシーンでも、1種類の体操服でどのスポーツも全部こなしてしまうわけにはいきません。種目ごとにユニフォームが必要となります。
スポーツ用のユニフォームは、多くの場合ハウス別に色分けされていて、ハウス対抗の試合では、女の子は髪をまとめるリボンまで、おそろいのハウスカラーのをつけたりします。
ちょうど、ハリーポッターに出てくる全寮制魔法学校・ホグワーツのような感じです。ホグワーツの寄宿舎では、グリフィンドール、スリザリン……という具合に、各ハウスに名前がついているのをご存知でしょう? 桜と楓の学校のハウスにも、1つ1つ異なる名称がありました。それぞれのハウスで、ともに過ごした仲間との連帯感は絶大なものとなり、互いに揺るぎない信頼関係で結ばれます。
姉妹が所属していたのは、コンウェアと名づけられたハウスで、通称「コニー」と呼ばれています。この学校のミドルスクールは5年制で、5~9年生の生徒を擁しています。そのうち最高学年の9年生は、男女とも、ティンバートップという高地にある別のキャンパス内のハウスに移るため、コニーにいるのは8年生以下の女の子たちです。
コニーにおいては、8年生の存在は重要です。全部の学年を縦割りにした4~5人構成の各ドームの中で、ドームリーダーを務めなくてはなりません。同じドームの下級生をまとめる、頼りになるお姉さん、といった役どころです。
寄宿舎の縦割りドーム制のおかげで、家ではひとりっ子の生徒でも、コニーに何年かいる間に、姉妹みたいに年の違うお友達がたくさんできます。それだけならまだしも、もっと特筆すべきは、成長に伴い、妹の立場も姉の立場も両方を順繰りに経験するという貴重な機会が与えられることです。その過程で、我慢や思いやり、仲間と力を合わせて物事を成し遂げる喜びなどを体得することこそが、ボーディングスクールの真骨頂、最も醍醐味があるところなのです。
GGSでは、学校の授業は、科目によって習熟度別にクラスと担当教師が分けられています。ホームルームはなく、生徒は授業の合間に、めいめい次の教室に移動します。外国語は、フランス語・日本語・ドイツ語・スペイン語・中国語(マンダリン)から2科目を選びます。ホームワークの量も、さらに半端じゃなく増えたようです。
スイスから帰国して神戸のインターナショナルスクールに入った当初も、日本の学校とは質量ともに著しく勝手が異なるホームワークに、母親の私は面喰らい、さらにそれを毎日毎日、音を上げることなく地道に黙々とこなす娘たちの姿に、なかば感動したものでしたが、あれは単なる序章に過ぎなかったのだと思い知らされました。
ラ・ガレンでこつこつお勉強する習慣を身につけ、神戸でハードなホームワークに明け暮れた日々は、緻密なシナリオを描いたわけではなかったのにまるで一編のストーリーを描いたように、すべてここにつながっていたのだと、妙に腑に落ちて納得しています。
文武両道で名高いGGSでは、スポーツもすごく盛んです。男の子も女の子も、フットボールだ、ポロだ、ホッケーだと、どの季節も走り回っています。
また、音楽(楽器)や芸術にも力が入れられています。数十にも及ぶプライベートレッスンの項目から、自由に好きな課題を選べるシステムになっていて、生徒1人1人の嗜好やレベルや目指す方向性に合わせて、個別にカリキュラムを組んでくれます。その様子は、何年か前に日本のテレビ番組でも、『夢の学校』というタイトルで紹介されたことがあるそうです。
姉妹は自らの希望で、桜はビオラ、楓はバイオリンのレッスンを受けています。週末を除く毎日放課後30分、専任講師から指導してもらいます。「継続は力なり」とはよく言ったもので、ついに2人とも、ミドルスクールのオーケストラに座らせてもらえるくらいの腕前になりました。ほかに、週2回程度、スイス時代から続けている乗馬とテニスの手ほどきを受けています。アクティビティーの時間には、女の子らしくクッキングや手芸も楽しんでいます。
これらのレッスンに費やす時間と体力は、自宅から神戸のインターナショナルスクールに通っていたときは、距離が遠かったこともあり、行き帰りの移動で消えてしまっていました。大きなターミナル駅を経由し、電車を乗り継いで帰宅するころにはかなりくたびれていて、たくさんの量のホームワークをこなすのが精一杯という感じでした。
ちょっとした集落並みに広い敷地とはいえ、学校内で一日が完結するボーディングスクールのカリキュラムは、限られた時間を最大限に利用して、有意義に使えるよう定められています。放課後、スポーツや音楽やアートなど、思い思いのレッスンを済ませたとしても、就寝までにはまだまだ時間があり、夕食を挟んで設けられているプレップタイムには、しっかりお勉強もします。自習室には、ホームワークを担当する教師が常駐し、わからない箇所があればこまやかに指導してくれます。
かけがえのない学校生活を、至れり尽くせりの環境で、やりたいことに全力で取り組んで過ごせる生徒は、本当に幸せだなあとうらやましくなります。まさに『夢の学校』と言えるかもしれません。
暗記と詰め込みが主体の日本式受験勉強には懐疑的であまり価値が見いだせない夫と私ですが、頑張りが利く10代の一時期に、苦しくとも徹底的に自分を鍛え磨くことの重要性は十分認識していますので、こういう形でその場を与えてやれて、とても満足しています。
GGSの学費は、学年にもよりますが、年間45000~50000AU$くらいです。加えて、ガーディアンフィーが年間5000~6000AU$ほどかかります。当時はオーストラリアドルが高騰の一途をたどっていた頃で、そのうちスイスの学費にも迫るか!? と懸念される金額でしたが(現在のレートですと少しお手頃になっています)、世界的に見れば、名門とされるボーディングスクールの学費は、だいたいこの程度が平均的な数字のようです。
ボーディングスクールの学費を維持するのは、どこの親にとっても大変で、なかなか厳しいものがあります。我が家ももちろん例外ではありませんが、娘たちのために貴重な時間と経験を買ったのだと考えることにしています。
お金を残してもいつかは散逸してしまうかもしれないけれど、ひとたび身に付いた教育(教養)や経験は、生涯その人から去ることはありません。
桜と楓が、「今日は○○をしたよ」とか「××に行ったよ」と報告するのを聞くと、私なんかはすぐに「へえ~、写真撮った?」と問い返します。すると姉妹は、「ううん、撮らなかった。でもね、頭の中にはちゃあんと撮って残してあるよ、ママ」と答えます。
それでいい、と私は思うのです。頭の中に、うーんとたくさんの写真を残してくれれば、そして、それらの写真を共有する多くの仲間を得て力強く生きる糧にしてくれれば、とひたすら願っています。