浮世絵の〝初刷り〟に注目
蒲原「夜之雪」
主な出品作品
庄野「白雨」
天保3(1832)年、歌川広重(1897-1858)は朝廷へ馬を献上する幕府の八朔(はっさく)御馬進献(おうましんけん)に随行し、上洛の道中、東海道各所の風景や土地に生活する人々の姿などをスケッチした。江戸に戻り、その実感を基に構想をまとめて描き上げたのが、53の宿場に江戸と京都を加えた《東海道五拾三次》全55枚のシリーズ。翌年から天保5年の初め頃にかけて、版元・保永堂から刊行された《保永堂版 東海道五拾三次》は、版木が磨滅して彫り直されるほどの人気を呼び、広重の出世作となった。雪の「蒲原」や雨の「庄野」など、シリーズ中の傑作とされるものは、いずれも気候の変化が作品の魅力の主調を成している。
写楽
東洲斎写楽(生没年不詳)は、寛政6年5月~翌年1月(1794-95)までの正味10ヶ月で役者絵・相撲絵150点余りを刊行し、画壇から姿を消した伝説の浮世絵師。それまでの役者絵が美化して描くのが原則であったのに対し、容貌上の欠点につながる特徴すら大胆にデフォルメして描き、舞台に漂う緊張感までも表現した。《三世市川高麗(こま)蔵(ぞう)の志賀大七(しがだいしち)》は、市川高麗蔵扮する敵役の志賀大七が、造酒之進を殺害しようとする場面を描いたもの。両目を寄せ、口許を固く結び、懐から覗く右手で今にも刀を抜かんとする様子は、高麗蔵の只ならぬ凄みを漂わせる。黒雲母を背景に施した黒を基調とする配色と、紅の隈取りをした白面とのコントラストが場面の緊張感をいっそう高めている。