比類なき貫禄と品格を誇る最高峰車マイバッハ

貫禄と品性がオーナーを引き立てる


オーナーを引き立てることが美学
 圧倒的な貫禄と品性を称えるメルセデス・ベンツのフラッグシップカー、マイバッハ。それだけの存在感がありながら、どこか奥ゆかしさを感じさせるのはなぜか? どんな時にもオーナーを不快にさせることはない。そしていかなる時でも、オーナーに快適さを約束し、期待を裏切らない。つまり自身が一番目立つことを善しとしないのだ。いつまでも主人の忠実な家来であることが、マイバッハの美学だから。
 
 つまり、マイバッハにとって最も大切なものは自らのオーナー。大きなボディーに似合わず常にオーナーを引き立てる最高のホスピタリティは、他の車には醸し出すことはできない特徴。1920年代にデビューを果たした時から、その役割を担うことを宿命付けられてきた。自分たちが乗るにふさわしい車だ。そう考えた、当時の王侯貴族、政治家、スターたちはこぞって所有した。

マイバッハ親子の魂の結晶


ウィルヘルム(左)とカール
  1886年に世界で初めて四輪自動車を世に送り出したのがウィルヘルム・マイバッハ。ダイムラー自動車の技術部長として活躍。その後は息子のカールとともに独立し、飛行船の開発に夢を求めた。鉄道用ディーゼルエンジン、ツェッペリン伯爵の飛行船の開発に成功し、意思を受け継いだカールが次に思い描いたことは上流社会に向けた自動車を提供することだった。
 
 自動車が大量生産の時代にあって、1921年。ついにマイバッハ・サルーンを完成させた。米ニューヨークなどの街を行きかい、その贅沢を尽くした高級感は他車とは完全に一線を画したが、戦争を経て40年代に突如姿を消してしまった。

2002年待望の復活


王侯貴族にも支持されてきた快適空間
 自動車産業全体が厳しい闘いに突入。大量生産化の波が押し寄せて、コストカットは避けて通ることができなかった。消耗戦でしのぎを削る中で、ハイクラスな人々を魅了する車を作るという原点の考えは、エンジニア、社員たちから沸きあがってきた。くすぶっていた気持ちがマイバッハ待望論に火をつけた。姿を消してから約60年。待望の復活。これにはもちろん、ユーザーも大喜びだった。
 
 室内空間は最大限のくつろぎを与える。その大きく重い車体を引っ張る力は、12気筒5.5リッター・ツインターボエンジン。そのパワー、トルクは乗用車としては世界最高レベル。かつての最高峰ベンツ600をも凌駕する超高級車だ。カラーは17色を選択でき、専用の特別塗装色を採用した外観やナッパレザーのシートやカーボンを使ったトリムによる内装など、超豪華な仕様が施されている。2007年2月には、AMG社のチューンにより450kW/1000Nm のパワー&トルクを発生するV型12気筒6.0リッターツインターボエンジンを搭載した「62S」を追加した。
 
 また、乗り心地はずば抜けている。高速走行などいかなるコンディションにあっても室内は静かで、さすがは王侯貴族に長く支持されている、ということがわかるだろう。まさに、いかなる時間においてもくつろぎに満ちた空間が約束されている、といっても過言ではない。

もたらされる名誉と富裕層の仲間

 毎年オーナーだけに豪華な案内状が届く。それは、所有者のみを対象に様々用意された各種のイベントだ。全米OPが行われるペブルビーチゴルフリンクスでのゴルフ、あるいはポロの大会、パーティーなど。集まるのは世界中の富裕層のみ。ここに入るということは名誉であり、少しくらい言葉が通じなくても臆することはない。
 
 富裕層たちにとっては、オーナーという共通項を持つ者同士の集いということもあって、数少ない心を開くことができる場所でもある。マイバッハを話の肴に、同じ境遇の友人を作る絶好のチャンスとなるだろう。ここでもこの車は、オーナーに利益をもたらしてくれるありがたい存在だ。あるオーナーは「上品さと、乗り心地の良さは他の車では考えられない」ともいう。いつまでもオーナーである、あなたの高い期待を裏切ることはないだろう。


マイバッハ62S(5988万1500円、右ハンドル)

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