無名の高校球児から名物社長

 高校野球の選手権大会は日大三校(西東京)の優勝で幕を閉じたが、無名の高校球児から名物社長になった人もいる。

 強豪・前橋商業(群馬)で甲子園を目指したが、高校3年生時に自身のエラーで夢が消え、それならと高校野球の指導者を目指して日本体育大学に進んだものの教員試験に不合格となった。ここまで聞いただけで、もう判った人もいるだろう。

 野球を捨てなければならなくなった男は、ツテで入った米半導体大手テキサス・インスツルメンツの日本法人にある、埼玉県内の倉庫係に配属された。一度もメーンストリームを歩むことができなかった人生。しかし、ここが大きな分岐点になった。

 業務に改善と工夫を加えることで会社に貢献し、中枢の部署に引き上げられ、取締役にまでなっていた。そして、いくつかの会社を渡り歩き、最後は当時は日本国内でも低迷していたエルピーダメモリへ。

 答えは、「日本半導体産業の救世主」とまで呼ばれるまでになった同社の坂本幸雄社長だ。

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