破産企業に投資が低リスク? マーク・ラスリー【ヘッジファンドマネジャー列伝⑭】

 ヘッジファンドは政治と関わる部分も多いことから、ヘッジファンドマネジャーには政治家や政党、時の政権と密接な関係を築く人物もいる。
 先日紹介したポール・シンガーは、共和党の支持者だ(ただしトランプ候補は支持していない)。

 民主党の支持者として有力なヘッジファンドマネジャーは、アベニューキャピタル・グループの創業者の1人であり会長、CEOのマーク・ラスリーだ。
 彼はヒラリー・クリントン候補を強く支援する人物の1人で、ヒラリーの娘を自社でアナリストとして雇っていたこともある。ヒラリーに限らず民主党の支持を長年にわたり行っており、政治献金等でオバマ大統領の支援もしてききた。

 アベニューキャピタルは120億ドルのヘッジファンドで、取り扱うのはディストレス(破産証券)だ。
 実はこのほかにもポール・シンガーとの共通点がいくつかあるが、支持政党は正反対なのが面白い。

 それにしても、破産に関連する証券を扱うとは、うまくいけば儲けは大きそうだが、どうしても失敗したときのリスクも高そうな印象がある。
 しかしラスリーに言わせると、ディストレスのほうが普通の株式投資よりもリスクが低い。どういうことかは、彼の経歴を追っていくとわかりやすい。

元弁護士の兄妹で「非効率なマーケット」に挑む

 マーク・ラスリーと妹のソニア・ガードナーはモロッコのマラケシュで生まれた。実は妹のガードナーもアベニューキャピタルの創業者の1人だ。
 ラスナーが7歳のとき、一家はアメリカ、コネチカット州のハートフォードに移住する。

 ラスリーとガードナーは奨学金と学生ローンを得て、マサチューセッツ州ウースターにあるクラーク大学に通った。
 ラスリーは宅配便トラックの運転手が稼ぎがいいことから、予定していたロースクールへの進学を取りやめて運転手になろうとしていたが、ガードナーの友人であった妻から反対され、ロースクールに進学する。
 卒業後は破産を得意とする法律事務所エンゼル・アンド・フランケルで弁護士として働いた。

 それまで金融にかかわることは一切なかった彼だが、このときの仕事で申請書や決算書などを大量に見ているうちに、不良債権を抱えた企業についてだけでなく、それらの企業からどのように利益を得ることができるかに詳しくなっていった。
 そして、わかりにくい分野ゆえ、市場は大きいが競争相手もほとんどいないことに気づく。

 その後ラスリーはR・D・スミス(のちのスミス・バシリウ・マネジメント)で民間企業の債務部門のディレクターを務める。このときに「トレードクレーム」と呼ばれる、債務者の無担保債権を販売会社やほかの債権者から買って投資家に売るマーケットにかかわった。
 1年後にはコーエン・アンド・カンパニーでパートナー会社の資金5000万ドルを運用する仕事を得た。

 その頃、妹のガードナーがロースクールを卒業し、コーエンが弁護士を探していたこともあり、ラスリーは声をかける。
 ディストレス投資は内密に行うべき部分が多々あり、未来の競争相手になりそうな人物よりも、信頼できる人を雇いたかったことからも、身内のガードナーは適任だった。
「兄と同じ仕事をすることになったのは本当に偶然。一時的なものと思っていたけれど、その後もずっと続くことになった」とガードナーは語る。

 最初のころは、コロラドのデンバーで破産法の適用を申請した会社に投資をしていた。2人はニューヨークからコロラドまで行き、債務者から売掛金を受け取ることになっている債権者のリストをコピーした。
 ネットでリストをダウンロードすることなどできない時代だ。リストは何百ページもあり、コピーをとるだけで数日かかった。

「1日12時間もコピー機の前に立つためにロースクールに通ったのか? と疑問に思うこともあったけどね」
 ガードナーは語る。だがライバルが裁判所のコピーし終えたリストを手にできるのは数週間後、数カ月後だ。その前にリストをチェックし、債権者に電話をかけることで誰よりも早く交渉ができ、マーケットで一番に債権を買うことができた。

 駆け出し時代のこのような経験は、学校では学ぶことのできない「非効率なマーケットがある」と理解することにつながった。
 また、誰よりも早く動くという意欲と情熱は、後のアベニューキャピタルの特色にもなる。

大切なのはコンプライアンス

 ところで債権買い取りとはどのようなビジネスだろうか。破綻するような会社に対し債権を持っているような人は、すでに損した心境になっている。
「もうこれ以上損はしたくない。取り返せるものは一刻も早く、少しでもいいから」と考える。

 たとえば、ある破綻した会社の債権者が持つ債権が、本当は10万ドルの価値があり、破産申請などのプロセスを経ればきちんと10万ドルは戻ってくるものだとしても、債権者はそれを待てる心理状態ではない。
 その債権者が債権を購入したときの価格が4万ドルだったとして、ラスリーが「5万ドルで買いますがいかがですか?」と言えば、債権者は「買ったときの金額は確保できるなら、こんなありがたい話はない。今すぐ売る!」となるのだ。
 あとはラスリーが然るべきときを待って、それを10万ドルで売るだけだ。

 その後ラスリーとガードナーは、テキサス州の億万長者として知られる投資家のロバート・バスの会社に移る。
 のちのキーストーンとなるその会社で、優秀なマネジャーたちに刺激を受けながら運用で成績を残し、2年後に2人は独立する。
 バスのグループとは提携しながら、自身の資本も投下し、年率複利リターンが50%を超す成績も残した。

 1995年、それまでの会社はアベニューキャピタルの前身となる会社を設立。5年後には10億ドルのヘッジファンドに成長する。

 その後も事業の拡大を続けていくが、そのベースとなっている、ある決めごとがある。ガードナーは言う。
「アベニューを立ち上げたとき、資金集めをする前にまずはインフラを整えようと決めた。順番が逆になっているファンドは大変な結果になることが多い。
 充分な数のスタッフを常に配置して、事務を行うオフィスと本部オフィスがファンド開始の初日からいつも準備されているようにお金も使った。

 ファンドのなかには、経理やコンプライアンス、法務、投資家向け広報活動、ITの能力といった、質の高い企業インフラを整えることを重視しないところもあり、そういうところはただフロント部門にだけ気を配っている。
 いくら素晴らしいリターンを出しても、事務処理業務が散々だったら倒産してしまう。

 会社トップの倫理的な態度がその組織の原動力になる。そのことが企業文化に植え付けられていないといけない。
 これは従業員が1人でも数百人でも、数千人でも共通して言えること」
 アベニューキャピタルは、高い道徳観を持って働くこと、それを大事にしている。
 創業者の兄と妹のコンビが弁護士出身であることも、そのベースにあるのだろう。

ディストレスのほうが安心?

 ディストレスを扱うラスリーとガードナーは「一般的な投資家とはかなり異なる視点で世界を見ている」という。
「問題を抱えた企業の中に埋もれている価値を探している。そしてそういった企業の資産を割安で買おうとしている。
 ほとんどの投資家は、何も問題を抱えていない企業を見つけようとする。だから企業が問題を抱えるとみんな神経質になる」

 ディストレス投資は株式投資に比べるとリスクが高い印象があるが、ラスリーはディストレスのほうがリスクは低いと考える。
 割安でその後確実に価値が上がると読んだものに焦点を絞る。投資がうまくいかなくても資金が守られていると安心できるような投資のみをしっかり追求していくのだ。

 レバレッジを使ったことは一度もない。
「ポートフォリオにレバレッジがかかっていると、マーケットが理性を失ったときに自分も理性のない行動をとってしまう。マーケットが理性を失ったときこそ、自分は理性的に行動しなければならない」

 ラスリーは自分のことを「バリュー投資家」だと言っている。評価の低い、価格が正しく評価されていない投資対象を見つけ出し、付加価値を与えること、それが自分の仕事であると。

「自分たちの仕事を信じること、たとえウォール街が切り捨ててしまっていても、自分たちは自信を持って投資できるような企業を見つけること、それがアベニューにとっての投資だ」

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 本記事は、2017年2月に出版された『富裕層のNo.1投資戦略』(高岡壮一郎著・総合法令出版)の草稿を、ゆかしメディア編集部が編集したものです。
 本記事の完成版はこちらでご覧いただけます。

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