ヘッジファンドマネジャーには、プロスポーツチームのオーナーになっている人も少なくない。
大のアメリカンフットボール好きのデビッド・テッパーはアメリカンフットボールチームのピッツバーグ・スティーラーズを所有し、自家用ジェット機で試合に足を運ぶ。
マーク・ラスリーはバスケットボールのチームを持っている。
スポーツチームの所有を、ビジネスとして行っているのが、ジョン・ヘンリーだ。
メジャーリーグのイチローが所属するマイアミ・マーリンズの前身、フロリダ・マーリンズを所有していたこともある。資産額は24億ドル。
その後はボストン・レッドソックスを購入した。2002年から経営にかかわり、2004年に同球団は86年ぶりのワールドシリーズ制覇を達成した。
松坂大輔(現ソフトバンクホークス)を、その後の年俸も含めて1億311万ドル(当時のレートで約120億円)で獲得したことなどは日本でも記憶している人は多いだろう。
それまで債務超過で破綻寸前だったレッドソックスの価値を23億ドルまで高めた。この金額はメジャーリーグの球団で3番目に大きな数字だ。
レッドソックスは2013年にもワールドチャンピオンになった一方で、2012年、2014年、2015年は最下位に沈むなど、浮き沈みが激しい(2016年はア・リーグ東地区1位)。
投資の勝率は4割?
実はこのような乱高下は、オーナーの投資スタイルともよく似ている。
ヘンリーは長年、先物トレーダーとしての名声を博していた。為替、金利、株価指数、貴金属、エネルギー、農産物など、世界中の金融先物と非金融先物先渡し市場の取引を行っていた。
オーナーのヘンリーの投資の勝率は、4割にも満たないといわれている。彼の哲学は「未来は誰も予測することなどできない」だ。
勝率の低さだけを見ると、この哲学は開き直りのようにさえ感じられるが、彼は低い勝率の中で大きく勝ち、長い目で見るとちゃんと数字を残している。
レバレッジも大きくかける。資本の3倍、6倍に達することもある。その力も手伝って、結果を出してきた。
前年に10.9%のマイナスを記録しても、翌年には46.8%のリターンをあげたこともある。株式市場が暴落したときには、252.4%という高いリターンを記録するなど、そのスタイルは「三振も多いが当たれば試合を決める大ホームラン」だ。
ヘンリーは、ヘッジファンドマネジャーであるという世間の認識を認めているものの、個人としてはCTA(商品投資顧問)だと考えている。
扱うものはあくまでも先物に絞り、株に関しては「株で成功している人は大勢いるので、あえて自分がやる必要はない。それに、クライアントはすでに株には投資しているだろうから、私にそれを求めてはいない」と語る。
「未来は予測できない」と考えるヘンリーは言う。
「私たちは不確かな世界の中にいる。その世界では、トレンドを認識して追従することが、唯一妥当な投資アプローチだ」と。
トレンドの認識、追従のために必要と考えるのが、メカニカルなアプローチだ。非科学的なアプローチや主観の交じったいい加減な検証は効果がない。
コンピューターを用いた緻密な分析を行っていく。
打ちごろの球を、いつまでも待つ
ヘンリーは、自分の強みは「忍耐力」であると言う。その長期的な視野と展望は、ほかの人には理解できない、彼の会社の社員ですら賛同しかねるものが多い。
1日単位での売り買いが主流な商品を数日、数か月、1年以上保有することも珍しくはない。
ウォール街のエグゼクティブたちは、ヘンリーの会社は最長の先物トレーダーだろうと口をそろえる。
だが、彼の見据えた先には、彼だけに見えているものが存在する。そしてそれが正しいことを証明してきた。
彼は待っているのだ。絶好のボールが来るのを。その球が来るのがだいぶ先ならば、それまでどんなに三振してもかまわない。シングルヒット狙いの中途半端なスイングもしない。
彼が狙いをつけ、待ち続けたボールが来た瞬間、そのバットはフルスイング、ボールを真芯でとらえ、場外まで運んでいく。勝利を決定づけ、観客を魅了する。
「未来は予測できない」とは言いながらも、その分析は非常にち密だ。
打ちごろのボールが絶対にくるという確信があるからこそ、忍耐強く待ち続けられるのだろう。
ヘンリーは裕福な農場に生まれた。彼が25歳のときに父親が亡くなり、2000エーカーの農場を引き継いだ。そのときにヘッジの技法を独学で身に付けた。
トウモロコシ、小麦、大豆への投機を始め、商品投資顧問になった。そのビジネスが軌道に乗ったことで会社を設立、規模を大きくしていった。
彼は大学を出ていない。カレッジの夜間コースなどに通っていたことはあるが、多くのことは独学で身に付けた。先物取引には、子供のころ野球の打率や自責点を暗算したことが役立っているという。
彼の能力は、単なる数学的なもののみでなく、数字以外に目を向ける、どのようなデータを用いて今後を判断するかを結び付ける力だ。
近年はオーナーとして有名に
債務超過に陥っていたレッドソックスを立て直したのも、彼の「結びつける力」の真骨頂と言えるだろう。
レッドソックスを約7億ドルで購入したあと、彼は球団経営の中核企業をつくり上げた。
「強ければお客さんは来てくれる」などと甘い考えを持たず、「ファンが球場に足を運ぶ具体的な方法」を次々に実行していく。
それまで試合以外ではほとんど使われていなかったレッドソックスの本拠地、フェンウェイ・パークで積極的にコンサートを行ったりと、多くの人球場にが足を運ぶ、球場に親しみを持つしかけをしていく。
フェンウェイ・パークは1912年に建設された、メジャーリーグで使用されている最古の球場だ。
ほかの買収候補者が老朽化や設備の古さなどを理由に建て替え、本拠地の移転を希望したなかでヘンリーは唯一球場を活かす方向で進め、「伝統ある場」「ノスタルジック」というイメージを打ち出し、周辺にも「古き良きアメリカ」を思わせる設備を整えるなどして、その方向性を強化した。
ほかにもボストンのテレビ局など地元メディアを複数傘下に収め、連日レッドソックスの試合を報道、日常的にレッドソックスの露出を増やすようにした。人気を高めたとともに、収益を拡大させたのだ。
レッドソックスの2度のワールドシリーズ制覇は、それらの効果の賜物と言える。
先物取引の世界から引退したヘンリーはイングランドの競合サッカークラブ、リバプールを買収したほか、レーシングチーム「ルースフェンウェイレーシング」も所有するなど、近年は完全にスポーツチームのオーナーとしての知名度が高まってきた。
ヘンリーは、スポーツチームと売買には共通点があると言う。野球であればシングルヒットを求めるのではなく、忍耐強くホームランを待つことで、多くの利益を得ることができるという。
多くの利益をもたらすホームランを待つ間、どれだけの三振を喫するのかを考えれば、勝率は4割でも長い目で見ると儲けている投資スタイルにも、説得力が感じられる。
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