百戦錬磨、歴戦の強者が揃っているヘッジファンドマネジャーの中で、ウィリアム・A・アックマンほど「成功」と「失敗」、「敵」と「味方」を明確に持ち合わせている人物は、50歳というヘッジファンドマネジャーの世界では若いとされる年齢を考えても、ほかにいないかもしれない。
家族や従業員などの近しい間には心優しい人物として知られ、親友は30年近く変わっていない、深く長く付き合える人物だ。
一方で敵対的な関係の人物に対しては攻撃的な態度をとることもよくあり、強い不満を抱かせたり、深く恨まれることもしょっちゅうだ。
言葉を選んだり、立場やイメージを考えての発言をすることもない。
「何が人を成功へと駆り立てるのか?」
アックマンは、ウォートン・ビジネス・スクールで受け持った起業家精神を学ぶ授業の最後で、学生たちに問いかけた。
「答えはセックスだ。みんな認めたがらないが、人間の行動力の源はそれなんだ」
エリートの学生たちも、彼の発言を前に言葉を失い、静まり返った。
アックマンは水を一口飲んだ後に続ける。
「そもそも、ほとんどの人間に行動をかきたてさせるものは、だいたい、前戯なんだ」
言葉を失っていた学生たちから笑いが起こる。
その反応に、アックマンは少し頬を赤らめておどけたように笑う。そんなかわいいところもある。
深く首を突っ込むゆえに、出る杭は打たれる
「アックマンがいなくなればアメリカの経済はよくなる」
アックマンに空売りをしかけると宣言され、株価を大きく下げたサプリメント、ヘルスケア製品などを販売するハーバライフ社のマイケル・ジョンソンCEOの言葉だ。
アックマンは同社のビジネスモデルが「ピラミッドスキーム(商品はあるがその商品に価格に相当する価値はなく、主宰企業が儲かる仕組み。アメリカでは違法)だ」と批判。
ジョンソンは「当社は何百万人という顧客がいる、きちんとした商品を販売するまっとうな会社だ」と反論した。
ハーバライフ社の件では、そのやり方をめぐって同じくヘッジファンドマネジャーのカール・アイカーンとテレビ番組上で、討論どころか罵詈雑言を浴びせ合う泥仕合を展開した。
アイカーンは出演したブルームバーグTVでアックマンの批判を展開。それを受けてアックマンはプレスリリースで反論を発表。
決着はCNBCでの電話討論で、ということになった。しかし、決着どころではなかった。アイカーンが「私が君と友達になろう、などとは言ったことがないぞ」と言えば、アックマンは「彼はよい評判がない」などと応戦。
その昔にも事業をめぐってこの2人の間にはトラブルがあり、番組でも怨念混じりの発言が多く飛び出した。
激しいやり取りの中では、放送禁止用語も多々発せられ、キャスターが「これはテレビだから、言葉を選んで」と注意する場面もあった。
なぜこうも揉め事になるのか。それは、アックマンの敵をつくることを恐れない姿勢に加えて、彼の突出した分析力にある。
彼をよく知る人物は、「アックマンの一番の才能は分析力」だという。企業が自ら分析をするよりも、アックマンのほうが優れた分析をする。しかも、アクセスするのは公になっている情報のみでだ。
その分析力を用いて出された結論をもとに、経営の現状に厳しく切り込んでいく。
日本で少し前「モノ言う株主」が存在感を強めた。ただ株を所有するだけでなく、経営にも関与し、時には業績の上がらない原因は経営陣だとして経営トップの退陣を要求し、新たな経営者を送り込むこともある。
アックマンのしていることもそれと同じだ。モノ言う株主は、日本ではあまりよい印象を持たれていない存在だが、彼は決して会社をめちゃくちゃにしたいために行っているわけではない。
投資先となる企業に密接に働きかけながら、事業の価値を高めることが彼の目標だ。
営業成績を改善したり、主力ではない部門の売却やスピンオフをしたり、新しい経営陣を採用したり、企業戦略の方向性や事業形態を変更したり、といったことをする。その変更の結果が、後のち株価に反映されるのだ。
「長期的な価値があると感じたときなどは、その企業の株を大量に買い、長年保有してしっかり経営にかかわっていく。
いつ株式市場が上がるか下がるかを予想したり、その原因が何かを探ろうとしたりはしない。急いで結果を出そうともしていない」
そのような首の突っ込み具合ゆえ、時には深く恨まれる。
後半記事で詳しく説明するが、有力者を敵に回し、何が何でも彼を追い落としたい力と、何年も戦う破目になったこともある。
犯罪者のレッテルを貼られかけ、無償で働かなければならなくなったり、マスコミからのバッシングを受け、かけがえのないパートナーが彼の元を去っていったりもした。
一方で、彼に心酔し、救いの手を差し伸べてくれた人もたくさんいた。
恨まれるのと同じくらい、彼に感謝している人もたくさんいるのだ。
アックマンをつくってきたもの
彼は何に対しても、常に自信満々だ。
楽天主義で、若い頃から自分は絶対に大きな成功を収めると信じて疑わなかったという。
アックマンはニューヨークの裕福な郊外の町で生まれ育った。
ハーバード・ビジネス・スクール在学中に、生涯の友となる人物との出会いをしていく。
自信家なのは生まれつき、とも言えるが、この頃に確固たるものが完成したのだろう。
そして、後の事業の原型となるものに出会っていく。
彼が初めて株式投資をしたのはハーバード在籍中だ。
百貨店チェーンのアレキサンダーズの株を買ったのち、アレキサンダーズは会社更生手続きを申請。
そのときにアックマンは全財産の約3分の1をはたいて、同社の株を1株8.375ドルで2000株購入した。
アレキサンダーズは赤字の店舗をすべて閉店したが、不動産は高価なものを持っていたことから同社は不動産投資信託(REIT)に転換し、株価は大きく上昇していった。
株の購入から1年ほどしてから、アックマンは1株21ドルで売却。手数料等抜きの単純計算で、24000ドルほど儲けたことになる。
このとき彼が知ったのは、破産した会社に投資をしても利益を得ることがまだできる。むしろ急いで売ると大損の可能性もあることだ。
負債額以上に価値のある資産を持っていれば、破産しても株主のために価値をつくりだすことができる。
この考えは、アックマンのビジネスに大きな影響を与えた。「ここで資産を失っていたら、今頃は弁護士になっていたかもしれない」と彼は語っている。
ほかにも、ウォーレン・バフェットやリチャード・レインウォーターといった大物投資家の話を直接聞いたことにも、大きな影響を受けたという。
学校で行われた、レインウォーターの演説を聞いたアックマンは、演説後にレインウォーターと話したい学生の列に並び、自分の番がくるとレインウォーターを昼食に誘った。
その席でアックマンは、卒業後に自分のファンドを立ち上げることは時期尚早かと相談した。
レインウォーターの答えは「正しくあるために年を重ねる必要はない」だった。その言葉に、彼は立ち上げを決心する。
友人も、家族もいきなりのファンド立ち上げに反対だったが、自信満々の彼にもう迷いはなかった。
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