史記に見る中国の富豪

 富豪に関する話題は、今も昔も人々の関心の的なのだろうか。

 イギリス人ジャーナリストのフージワーフ氏が、中国の富豪ランキングを発表して以来、毎年多くの注目を集めているが、古代中国史、司馬遷の「史記」の中にも、春秋戦国時代から武漢皇帝に至まで、数多くの超富豪が登場する。その内容は、富を築くまでの過程や財産の規模などが綴られ、まばゆいばかりだ。中国・河北新聞社が伝えた。

 司馬遷の富豪ランキングに最も早く登場する人物は2人。二人とも超有名人と言えるだろう。

 一人は范蠡(はんれい)だ。彼は政治家として成功し、その後のビジネスでも大成功をおさめている。政治家としては、春秋時代・越王勾践(こうせん)に仕え、呉を滅ぼし、勾践を春秋五覇に数えられるまでに押し上げた最大の立役者と言われる。范蠡は呉を滅ぼした後、「高名をもらっても心安らかならず」として、すべての策略を出し切らないうちに越を脱出。斉で名前を変えて、今度は商売を始め、巨万の富を得た。

 この斉の国でも宰相にと誘われたが、それを断るとともに、莫大な富を皆に惜しげもなく分け与えた後、陶の国に移る。陶の国でも名前を朱(しゅ)と変えて、ふたたび商売を始め、短時間で大成功をおさめた。その後、商売は子孫に任せて、老後は悠々自適な生活を送ったという。「陶朱の富」(莫大な富、富豪)とは、彼をさして言う成語だ。

 そして、2人目は孔子の弟子として知られる子貢(しこう)だ。子貢も魯や斉の宰相を歴任するなど、優秀な政治家であったとされる。また、「億すればすなわち屡中たる」と言われる程、商才の才覚があり、ビジネスにおいて読みがはずれることがなかった。彼は、各国諸侯と交際しながら、それぞれの国で物資を売り買いして、膨大な富を築いた。

 范蠡も子貢も、卓越したビジネスセンスもさることながら、2人とも政治家という顔をもつという共通点がある。つまり、富裕層との人脈が豊富にあったのだ。当時も今の中国と同様、ビジネスと政治には切っても切れない関係性があったようで、政治の世界からビジネスの世界に移った2人は、まさに水を得た魚だったのかもしれない。

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