ソニーほか日本株に手を出した「モノ言う投資家」ダニエル・ローブ【ヘッジファンドマネジャー列伝⑱】

 ヘッジファンドマネジャー列伝の16と17で登場したウィリアム・A・アックマン。彼は健康食品会社のハーバライフ社の株を巡って、同じく投資家のカール・アイカーンと放送禁止用語が飛び交うほどの激しい激論を交わした。
 アックマンが空売りをしたことで下げの続いていた同社の株も、アイカーンが同社を擁護する側についたことでその後上昇した。
 そのとき、買いのポジションにいたことで実は大儲けしたヘッジファンドマネジャーがいる。
 運用資金170億ドルの、ダニエル・ローブだ。

 ローブのやり方も、アックマンと似ていると言える。彼と同じく「モノ言う投資家」で、その鋭い分析力で会社の問題点を見抜き、株を買った会社には経営の改善案を提案していく。
 成果をあげられていない経営者に対しては歯に衣着せぬ“口撃”をする。
 彼の行動は、株を買われた会社の経営陣からはまず煙たがられるが、的確な分析と建設的な提案はやがて取り入れられ、業績をアップさせていく。

 その実績から「ローブが株を買った」という情報が広まるだけで、その会社の株価がアップすることもしょっちゅうだ。
 2012年には株を買ったヤフーのCEO更迭を主導。それまでグーグルなどライバルに水を空けられていたヤフーの業績向上に関わっている。

常に自信満々

 ローブの経営するサードポイントは1995年に設立された。1992年、ヘッジファンドマネジャーの報酬ランキングで何度も1位に輝いているデビッド・テッパーがゴールドマンを退職し自身の会社を起ち上げる予定であることを知ったローブは、テッパーの家に電話をかけ「手伝わせてほしい」と頼んだ。

 まだ会社が起ち上がってもいないときだ。テッパーは「助けは必要ない」と断るが、ローブは折れない。「それでもいい。どんなことでもいいので役に立ちたい。いずれ誰かに頼む必要があることは、自分に言ってほしい」と言った。
 その後テッパーが自分の会社、アパルーサが設立したときには、テッパーを一番のクライアントとしていた。そしてローブはテッパーにとって最高のセールスマンになっていたのだ。
 誰に対しても、何事に対しても自信満々で臆することのない態度、これこそがローブのスタイルだ。

 ローブはサード・ポイントの設立以前、ローブはハイイールドのクレジットやディストレス債券、リスクアービトラージの分野で多くの経験を積んでいた。
 その後も専門分野を広げ、今ではいろいろなスタイルに幅広く対応できる形になっている。

「サード・ポイントは特定のスタイルの運用に特化したヘッジファンドではない。柔軟なアプローチ方法を持ちながらも、調査プロセスをより深く行う方法を追求している。
 また、異なる地域や産業、資産区分などの専門家を雇ったことで、債券から株式まであらゆる資本構成を備え、産業や地域の枠を超えて機会があれば便乗して投資していく。
 特別なことがあったり、投資機会をもたらす出来事、チャンスを現実化できるようなことがあれば、それに投資していく」
 ローブは語っている。

日本株にも深い興味

 ローブは「新しいこと」と「歴史あること」を組み合わせた分野に大きなチャンスがあると考えている。どういうことかというと、先ほど触れたヤフーなどがその典型的な例だ。
 新しい分野はこれから伸びるので、大きく値が上がる可能性を持っている。一方で、急激に伸びている分野はバブルになっていて、過大評価されている会社も生んでいることも考えなければならない。

 インターネット産業は非常に大きな成長分野だったが、その勢いに乗ってどんどん登場する新たな会社に投資するのはリスクも大きい。そこで彼は、彼はインターネット部門を持っている老舗企業を多く買うことにした。それならばその2つのポイントをうまく押さえられる。

 ヤフーはインターネットに関しては老舗企業と言える域に達していたが、ライバル企業や新興の会社に差をつけられていたところもある。ローブはそこに切り込み、トップを更迭するなど経営を革新した。

 ローブは日本株にも深くかかわった。ソフトバンク、ソニー、スズキ、IHIなどの企業の株を購入。ソニーに関しては映画・音楽などエンターテインメント部門は高い価値を持ちながらエレクトロニクス事業が不振なために、その価値を埋もれさせていると訴えた。
 ローブは「エンターテインメント部門の子会社株の15~20%をソニーの既存株主に割り当てて上場を果たせば、6250億円の価値を売む」と計算、発表したことでニューヨーク株式市場のソニー米預託証券の価格は、前日よりも一時は20%近く上昇した。

 ソニーはエンタメ部門を強くするのは会社の経営理念に背く行為だとし、この提案を拒否するが、ローブが不透明だと批判していたエンタメ部門の情報開示を行い透明性を高めたほか、約2億5000万ドルのコスト削減を打ち出した。

「投資家の信頼を絶対に裏切らない」

 リーマン・ショックが始まる直前の9月、サード・ポイントの運用額は50億ドルで、その年の収益は4%のプラスだった。しかし、年が終わる頃の運用額は20億ドルまでダウン、収益も30%減っていた。先行きに不安を感じた多くの投資家が現金を引き出したからだ。「投資家の現金引き出しを止めるつもりはなかった。要望があれば全部清算に応じた」という。

 運用のためには、もちろんファンドの資金は多いほうがよい。だが、苦しくなったときに現金を必要としている投資家の要望に応えず自分たちの利益を優先するようでは、投資家の信頼を失ってしまう。ローブはそう考えた。
「投資家の利益よりも自らの利益を最重要視したようなファンドは、パートナーとの信頼を裏切ったことになる。その後の成績に関係なく、そんなファンドはもう見向きもされなくなったはずだ」

 不況はその後も続き、サード・ポイントは投資家に返金を続けた結果、資産を約16億ドルまで減らしていた。その苦しい状況下でも、2009年3月頃からアメリカ経済に少しずつ改善の兆しが見えてきたようにローブは感じていた。彼は多くの専門家に会い、その予感を確信に変えた。
 当時、多くの経済学者や金融のプロたちは、景気回復には懐疑的だった。ウォーレン・バフェットすら、「このようなことは今まで一度も見たことがない。経済はがけから落ちるように衰退してしまった」とニューヨーク・ポスト紙に掲載したくらいだ。不況はまだまだ続くだろうと。

 だが、ローブには確信があった。4月から数億ドルをつぎ込んでハートフォード・グループやリンカーン・ナショナルなど保険会社の優先株を購入、バンク・オブ・アメリカやシティグループなどの優先株、過小評価されて下位4分の1に位置付けられている多くの銀行の負債などを買っていった。
 リーマン・ショックの直後に破綻し再建中にある企業にも投資し、フォード、クライスラー、CIT、デルファイなどの負債を大量に購入、激安価格で取引されていた高品質のモーゲージ担保証券も買い始めた。

「これは本物の上昇だ。今こそ投資しなければと考えた」
 それから8カ月後の2009年末、サード・ポイントは45%上昇、ファンドは年間39%の上昇を記録した。翌年も35%を記録し、2011年には同ファンドがAR誌によって最高のイベント投資ファンドに選ばれた。

 ヘッジファンドマネジャーとして必要なことは何か? ローブはいくつか挙げたが、最初に触れたのが「投資に対して情熱を持つこと」だ。彼は語る。
「投資は儲かりそうだから、とこの世界に入ってくる人がたくさんいるが、そういう考えの人が投資家として成功した例を、私は見たことがない。ウィリアム・A・アックマンやデビッド・テッパーなどなど、優秀なヘッジファンドマネジャーは、並はずれた情熱を持っている」

 もう1つ述べたのは「自信を持つこと」だ。
「自信のないマネジャーは、投資家が何を求めているのかを考えすぎてしまう傾向があるように思う。このビジネスは自らがリスクを背負ってリターンを生み出すことが求められている。リスクに対して健全な欲求を持っていなければ、そんなことはできない。
 あまりにも多くの同業者が、リスクを恐れるあまりパフォーマンスを犠牲にしてしまった。人は本質的に恐怖心を持っているから、成績の悪い月があったり、あるいは不調な4半期や年があるともうおしまいだと思ってしまうものだ。

 ヘッジファンド業界は、ヘッジファンドを運営しようともくろむ軟弱もんであふれかえっている。だが、この業界には軟弱者の居場所などない」

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 本記事は、2017年2月に出版された『富裕層のNo.1投資戦略』(高岡壮一郎著・総合法令出版)の草稿を、ゆかしメディア編集部が編集したものです。
 本記事の完成版はこちらでご覧いただけます。

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