トランプなぜ勝てた 戦略とメディアの自殺

 未だ衝撃の収まらないトランプ氏の大統領選出。前回記事「大統領選トランプの勝利を当てた人、外した人」で、トランプ氏当選を予言した人々の言葉から、メディアのつくり上げたトランプ氏支持者の像が実態と異なっていたことを明らかにした。

 トランプ氏が勝てたのには、トランプ氏陣営の戦略のうまさがあった。
 また、偏向していたメディアのあり方も、「予期せぬトランプ氏の勝利」を呼び起こすこととなった。

トランプ陣営のアピールのうまさ1 時流に乗ったメディア戦略

「我々はビジネスの世界で広く利用されている手段を選挙戦に持ち込んだ。ネットを活用することで、小口の政治献金集めで信じられないほどの成果をあげている」
 トランプ陣営のデジタル戦略統括責任者、ブラッド・パースケール氏が、ウォール・ストリート・ジャーナルのインタビューにて発した言葉だ。

 パースケール氏はウェブマーケティングの会社の創業者で、トランプ氏が出馬する前の、氏の不動産会社のウェブページ制作等を行ってきた。出馬後は選挙に関するウェブサイトの制作に関わっている。

 それまでの選挙活動は、テレビCMが大きな役割を果たしていた。だが、今回トランプ陣営はテレビ広告はコストが高いとしてほとんど行わず、インターネットを活用した。トランプ氏のウェブサイトにはトランプ氏の政策やメディア出演の様子、彼の直接のメッセージなどを掲載しているほか、簡単に寄付のできる形も整えられている。


トランプ氏のウェブサイト。寄付も集めやすい形になっている。
 この戦略は、まずは選挙開始前の資金集めの段階で大いに効果を発揮した。トランプ陣営は7月に3600万ドルの資金を集めることに成功。獲得コストは1840万ドルで、テレビ広告にはまったく金を使わなかった。
 テレビを使わなかったことで獲得コストを抑えられたことは大きく、資金の潤沢さは選挙活動に大いにプラスした。

 今やSNSなどネットの力は無視できなくなっている。日本でもSNSでの大きく取り上げられるのをきっかけに、ある商品が爆発的に売れ始めたり、不祥事が発覚し会社が謝罪に追い込まれたりといったことが増えてきた。
 トランプ陣営は、その時流にいち早く乗った。フェースブックやツイッター、グーグル、スナップチャットなどの広告枠の購入に注力して、それらのネットユーザーである有権者に伝わりやすい形の情報発信を繰り返した。

 日本でもそうだが、SNSやそもそものスマートフォンなどは都市部がもっとも普及し、地方に行くにつれて普及率は下がっていく。
ネット戦略が功を奏したというのは、これまた「トランプの支持者は田舎の白人」というメディアのつくりだした像が実像に合っていないことの裏返しとも言えるだろう。

トランプ陣営のアピールのうまさ2 アメリカ人の96%はトランプを知っている!?

 トランプ氏の元々のアドバンテージは、彼が不動産王であり、長年にわたりアメリカ人にその存在を知られる有名人だったことがある。
 今までの大統領選では、候補が決定したか数人に絞られた段階でアメリカ国民はその人物を認識する。
「そのとき初めて顔を見た」となるケースがほとんどだ。政治家の知名度など、せいぜいその程度だ。
 トランプ氏は、1970年代には派手な不動産開発業者として多くのアメリカ人に認知されるようになった。その後、その名前は「成功」の代名詞になった。

『熱狂の王 ドナルド・トランプ』(クロスメディア・パブリッシング)の著者、マイケル ダントニオ氏によると、トランプ氏のアメリカ人の中での知名度は飛びぬけており、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズ、ウォーレン・バフェットでさえ彼には及ばないという。ダントニオ氏の手元データによると、アメリカ人の96%はトランプ氏を知っているという。

 なぜ彼はそこまで知名度が高いのか。1つは長年にわたる、繰り返し行ってきた刷り込みがあるだろう。
「TRUMP TOWER」という文字の看板がある派手な高層ビルの写真や映像を、メディアを通じて見た人も多いだろう。トランプ氏はビルのほかにもカジノ、ビジネスジェット機に金色の大きな文字で)「TRUMP」と書いて自らをブランド化してきた。
 ホテルの部屋や家具、ネクタイ、肉などなど、「高品質・高価・高級」な品として売れそうなあらゆるものに、自分の名前をつけた。

 何度も何度もその名前に触れると、なんとなく親しみがわいてくるものだ。そのアドバンテージは、今回の選挙にも大いに活きたと考えられる。

トランプは超人気者!?

「我々はアメリカの“サイレントマジョリティー”を“マジョリティー”にした!」
 トランプ氏のウェブサイトに書かれている言葉だ。
 トランプ氏は元々の知名度が高かったと言ったが、「悪名高い」では選挙に有利に働くとは考えにくい。
 これまでされてきた報道では、トランプ氏がさぞかし嫌われているという印象を受けてきた人も多いだろうが、実はトランプ氏は、アメリカでは超のつく人気者でもあったという。

 ダントニオ氏の語るところによると、アメリカには「下品なお金持ち=尊敬の対象」という文化があるという。
 トランプ氏の言動は、日本の感覚では「成り上がり、成金」といった、あまりよくない印象を持たれがちだが、アメリカでは「成り上がり=アメリカンドリームの体現者」ということで、むしろ人気を博してきた歴史がある。
「稼ぎたい」と考える日本の若者が減ってきているといった報道がされているが、若いアメリカ人の多くは「人生の一番の目標は金持ちになること」と考え、昨今の調査ではむしろその割合は増えているのだ。
 トランプ氏は、彼ら彼女らの深い尊敬を集める存在なのだ。

 また、トランプ氏が巧みなのは、実は「アメリカンドリームの体現者を見事に“演じている”」ことだ。
 トランプ氏を「成金」と思っている日本人は多いが、実は彼の父、フレッド・トランプ氏は不動産開発業で財を成していた。トランプ氏はスタートの時点から富裕層だったのだ。

 しかし彼はそれを隠し「金持ちは多くの人の敵だ」というスタンスを取り、過激な発言でアピールしてきた。
 その結果出来上がったのが「みんなの味方のお金持ち」というイメージ像だ。
 もっとも支持を集めやすい形と言える。

メディアの偏向報道の理由

 テレビ東京系『ワールドビジネスサテライト』が発表したところによると、アメリカの新聞、テレビなど主要メディアのうち、57のメディアがクリントン氏を支持し、トランプ氏を支持していたのは2つに過ぎなかったという。
 なぜそこまでトランプ氏はメディアに嫌われたのか、その理由が今まで述べてきたことから、浮かび上がってくる。

 単純な理由の1つに、先ほど述べたとおりトランプ陣営が従来のテレビ広告に重きを置かなかったことがある。
 クリントン陣営が従来通りテレビなどの既存メディアにお金を落としていたため、メディアにすればクリントン陣営はスポンサーだ。当然、報道する内容もスポンサーの肩を持つものになる。

 ほかにも、トランプ氏に大統領になられると困るメディアが多々あった。ECサイト、アマゾンのCEO、ジェフ・ベゾス氏はトランプ氏と長年敵対関係にある。
 トランプ氏は昨年12月、アマゾンに対し攻撃的な発言をしている。
「アマゾンがまともに税金を払っていたなら、株価は暴落して紙屑になっているはずだ。ワシントン・ポストのようなくそ新聞はそんなアマゾンを助けようとしている」

 アマゾンのほかにトランプ氏のやり玉に挙げられているワシントン・ポストは、実はベゾス氏がオーナーを務めるメディアなのだ。
トランプ氏はその後も、ワシントン・ポストが自分の大統領選出を妨害していると非難していた。

「トランプの像をつくったのはメディアだ!」
 トランプ氏自身が語っていたように、メディアのつくり上げたドナルド・トランプ像は独り歩きし、「トランプ支持者=低所得の白人で人種差別主義者で女性蔑視の人たち」のイメージが定着した結果、実はトランプ氏を支持している人たちは、その姿を隠すことになったのだ。

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