経済協力で日本はロシアに乗っ取られる?

 トランプ次期大統領のTPP離脱明言など、国際政治の世界では新たな動きが見えてきている(前回記事「アメリカのTPP離脱は日本にこう影響する」はこちら)。
 日本はアメリカとの新たな関係性構築を急ぐ一方で、同じかそれ以上に注意を払わなければならない存在がいる。ロシアだ。

 最近、ロシアのプーチン大統領が来日したり、安倍首相と握手を交わす様子などが報道され、「ロシアは日本に対し好意的」「北方領土も近々返還されるかもしれない」といった期待が高まっている。

 だが、経済評論家の加谷珪一氏は「とんでもないこと。むしろ今一番警戒すべきはロシア」と語る。加谷氏が昨今の国際情勢を解説する。

ロシアはトランプ大歓迎

「トランプ氏が大統領になって、プーチン大統領はさっそく祝福のメッセージを送っています。当選した候補に対し外国の首脳が何かしら言うのはごく普通のことにも感じられますが、私はこれは、大きなメッセージではないかと考えています。

 ロシアにとっては、次の大統領がヒラリー氏になるよりもトランプ氏のほうがはるかにありがたいことでした。ヒラリー氏はクリミアやシリアの内戦に介入していくと言っていましたが、トランプ氏は関与しないことを匂わす発言をしていたからです。

 前回も述べたとおり、トランプ氏が目指す『強いアメリカ』は、『アメリカ国内の景気を回復する』といった内的な強さであり、あの国がこれまでしてきた世界の警察官的な、対外的な、武力的な強さではありません。

 ロシアはこれまでも、国境問題に関しては武力行使も辞さない、民間人の犠牲もやむを得ないという力づくの解決をしてきました。今回のクリミアやシリアに関してもそのようなやり方をとっており、非人道的だと国際社会から非難が集中し、経済制裁が課されています。

 経済制裁に加えて外貨を稼ぐ手段であった原油価格も暴落し、ロシアは景気の低迷に苦しんでいます。

 アメリカが引いて経済制裁が解除されれば、ロシアは苦しい局面から解放されます。
 ロシアはあらゆる面で強気な交渉ができるようになるでしょう。
 クリミアやシリアに関しては、ヨーロッパは「あまり無理なことをすると、アメリカが出てくるぞ!」とその影をチラつかせることでロシアの力をそぐことができていました。しかし、これからはそうはいかない可能性があります。

 一方、アメリカはクリミア問題などから手を引く見返りに何らかのメリットを享受することになるかもしれません」

ロシアは日本をダシに中国と交渉

「ロシアとその周りの国々の関係は、図のようになります。



 トランプ政権の誕生によってロシアは、対ヨーロッパ外交、対中東外交で大きなメリットを享受します。一方、東アジアについてはアメリカが手を引くと、ロシアには不利になる可能性があります。
 アメリカの影響力が落ちれば、中国がアジアでの影響力を高めようとするでしょう。私たちはロシアをなんとなく『ヨーロッパの国』と思っていますが、国境問題を抱えるくらいの、隣の国と言える存在であり、ロシアもアジアに対し力を持ちたいと思っています。

 アメリカが引いて中国が大きな顔をすると、ロシアは面白くない。そこで目をつけているのが日本です。
 ロシアと日本が協調路線を取ることで、中国をけん制する、そのような目的で、ロシアは日本に近づいてきています。そのようにして、ロシアは自国にいい形で中国との力関係を構築することを目指しているのです。

 そういったことを理解せずに『ロシアは歩み寄ってくれるみたいだ』『北方領土もそのうち返してもらえるだろう』などと考えるのはあまりに早計です。
 ロシアが『仲良くしましょう。ほら、北方領土とか、話し合いたいこともあるし』と近づいてきても、中国との関係をロシアの望む形でつくることができたなら、日本からはもらうものをもらえるだけもらって『君たちに用はない。北方領土? 何の話だ?』とはしごを外される危険もあるのです。

『日本からもらえるだけもらえるもの』として私が危惧しているのが、現在日本とロシアの間で進んでいる『経済協力プラン8項目』です。日本とロシアが協力して、シベリア鉄道の北海道までの延伸、サハリンからの送電網、ハバロフスク空港の改修などを行うことが検討されています。

 このような形は、地政学的に大変危険です。
 地政学の世界には「シーパワー」と「ランドパワー」という言葉があります。日本はこれまで日米同盟が基軸でしたから、米国の海洋覇権を基盤とするシーパワーに属していると見なされてきました。しかし鉄道1本であってもロシア側とつながってしまうと、日本はユーラシア大陸側に入ってしまい、ランドパワーの影響を受けることになります。これは政治的・経済的に大きなバランスの変化をもたらします。

 シベリア鉄道がつながるとなると、ものすごい投資額になるでしょうから、関係者は色めき立っているかもしれませんが、ここは慎重に「それは国のためになるのか?」を考える、グランドデザインを持って物事を進めていただきたいですね。

 まず急ぐべきは、日米の新たな関係性ですね。それが固まらないうちに、歩み寄ってくるロシアとの交渉を急がないほうがよいでしょう。

 ロシアと日本は地政学的に見て基本的利害が一致しない国です。いくらにこやかに近づいてきても、本質的な意味での友好関係は構築しにくい。そのことを前提で付き合わなければならないでしょう」

ロシアは最恐の独裁国家

「肝心の北方領土についてはどうなるのか? ロシアの本音は、おそらく「4島とも返したくない」というところでしょう。領土問題に関して、下手な譲渡は国民の反発を招きます。日本でも尖閣諸島をめぐって世論は熱くなっていました。渡すなど許さん、というスタンスです。日本でもそうですから、世界も反応は同じです。

 日本の『元々自分たちの島だったのだから返してもらうのは当然』という考えはその通りであり、故郷を追われた島の人たちの心情も慮る必要がありますが、それとは別に、ロシアの狙いを考えながら政治決断をしていく必要があります。
 返還をめぐる交渉プロセスでロシアとの関係をどう再構築できるのか。そこが問われています。

 今のロシアは、交渉相手としてもっとも手ごわい存在です。プーチン大統領のスタイルは『21世紀の独裁』と言えるものです。彼自身選挙で選ばれていますし、議会も存在するので、歴史の教科書に出てくるような独裁とは全く異なります。ですが、彼を選んだ国民からは圧倒的な支持を得ていて、議会も彼の決めた考えを成立させるために存在しています。東京都の小池都知事と都議会のような、力の綱引きといったこともありません。

 独裁は、力がマイナスに働いたときは誰もブレーキをかけられずに暴走することもありますが、プラスに働いているときは大変強い力を発揮します。
 プーチン大統領は、大変優秀な政治家です。リアリストで、物事を動かすのは“力関係”であるとよくわかっています。そのためその関係の構築に、入念に時間と労力をかけるのです。

 彼は独裁者にふさわしく、あらゆることをきちんと把握しています。ロシアの国営テレビを見ていると、プーチン大統領が執務室などに企業の経営者、軍人などいろいろな人を呼び、話を聞いている様が放送されています。
 いろいろなことを報告に来させ、状況を把握し、そして細かい指示を出しているのです。

 権力者がすべてのことを把握し、迅速に具体的で正確な指示を出す。彼の決定であらゆることが決まる。その強さは、いちいち決定に時間がかかり、それぞれの担当者が話をする日本とは比べ物になりません。
 日本は、極めてやっかいな相手と交渉する必要があるのです」

「失敗したら死刑」の国の交渉術

「また、旧共産圏は交渉で相手を翻弄するのが得意です。昔の話ですが、田中角栄氏が総理として日中国交回復のために中国を訪問したとき、宿泊した中国のホテルに、彼の大好物の木村屋のあんパンがテーブルに山盛りで置いてあったそうです。これには角栄氏もびっくりしたようです。
 
 これは歓迎のしるしであるとともに『お前のことはぜんぶわかっているんだぞ』という脅しでもありました。

 周恩来首相との交渉もなかなかまとまらず、期限がギリギリのところで、これ以上遅れたら交渉は決裂という日の夜にいきなり毛沢東主席から呼び出しがかかり、会うことになる。このように常に相手をアウェイの状態に置き、相手を翻弄し交渉を有利に運ぼうとする。
 期限内に交渉をまとめたいのは中国の側も同じでしたが、あえて普通の状態ではなく相手を追い込んで交渉に臨んでくるのです。

 旧共産圏に振り回されてきたのは、日本だけではありません。2000年、アメリカのオルブライト国務長官が北朝鮮を訪問したとき、夜中に呼び出され、行った先で予定になかったマスゲームが始まり、その様子を写真に撮られ『北朝鮮とアメリカ、仲良くマスゲームを鑑賞』という体で通信社に配信されました。
 オルブライト氏ならびにアメリカは核開発を進める北朝鮮に対し友好的ととらえられ、批判を浴びたのです。
 旧共産圏は『失敗したら担当者は命がない』の世界ですから、命がけで『何が何でも勝つ』という姿勢で臨んできます。

 旧共産圏の独裁国家という、とんでもない強敵を相手に日本は交渉していかなければなりません。その道は前途多難ですが、最後に、民間レベルでいい話をしておきます。

 ロシアは、投資先として高いポテンシャルを秘めています。通貨ルーブルは価値が不安定で、一部では人権も保障されないような国ですが、ロシア国内に対してうまく『アメとムチ』を使い分けています。
 圧政だけでは不満、反発が募るばかりですが、その分起業に関しては、天国と言えるくらい寛容なのです。会社の設立は簡単で税金は安く、規制もほとんどありません。

 自由な発想で物事を考え、行っていける環境があるためロシア国内には面白い会社がたくさんあり、それらの会社は伸びていくかもしれません。
 IT企業や、UBERのようなシェアリングサービスも発達しています。『アプリでタクシーを呼ぶ』なんてことはロシアではもう普通で、『複数のタクシー会社からもっとも安い車を選ぶアプリ』もすでに存在しています。
『ロシアに投資』は可能性があると思います。日本政府は中小企業のロシア進出を支援したいと明言しており、環境が整えば、ロシアに投資しやすい形ができてきたり、カントリーリスクをうまく回避する形などが整ってくるのではないでしょうか。

 ロシアは日本からもらえるものをもらえるだけ得ようとしているのですから、日本もしっかりロシアからもらえるものを引き出す関係を築いていきたいものです」

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