高齢者所在不明問題と国民総背番号制

 7月末に東京都足立区で、生存しているはずの「111歳」の男性が実は20年以上前に死去していてミイラ化した遺体で見つかったという出来事がありました。(http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/local/adachi_111_year_old/?1282889303)

 この事件をきっかけに、全国各地で110歳以上で戸籍上生存している所在不明の高齢者の存在が続々と大量に判明して、多くの方々も驚きのことと思います。

 これを書いている8月27日現在の報道では、山口県防府市で文政7年(1824年)生まれで186歳であるはずの方が戸籍上はいらっしゃるということになり、その際限の無さには驚くばかりです。

 また、大阪市では、120歳以上で戸籍上生存している所在不明高齢者の方が、実に5125名に上ったとのことで、問題が根深いことも指し示しています。(http://backnumber.dailynews.yahoo.co.jp/?e=whereabouts_old_people)

 足立区の111歳の方のケースでは、家族がその男性の生存を前提とした受取人となり亡妻の遺族年金約915万円を受け取っていたことがわかり、詐欺罪として立件することにもなりました。(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100827-00000093-jij-soci)

 勿論、これらの所在不明高齢者の方々の多くは、住民票も無く年金も受け取っていないので、自治体が法務局と相談して除籍をすることが可能なようですが、足立区の例のように年金等を受領しているケースもあるようでもあります。

 年金等の詐欺は問題外ですが、多くの方々は日本の戸籍法に基づいた戸籍制度の信憑性の低さに驚かれたものと思います。日本の平均寿命が世界に冠たるものであるというのも眉唾ものに思えて来てしまうのは、私だけではないでしょう。

 早稲田大学を創設した政治家大隈重信は、「人間は本来、125歳までの寿命を有している。適当なる摂生をもってすれば、この天寿を全う出来る。」と「人生125年説」を唱え、ご本人は84歳で亡くなったものの、間際まで明るく周囲を笑わせていたと言います。(http://d.hatena.ne.jp/cool-hira/20100511/1273525458)

 研究者によっては、人間は140歳から150歳まで生きられるという説もあり、もしかすれば中にはまだご存命の方もおられる可能性は無くはないのですが、これだけ大量の所在不明高齢者の方々のほとんどは既に亡くなられていると考えるのが自然です。

 何故このようなことになったのかということについては、一部報道では「戦争等で家族も亡くなったケースがある」などと書かれていましたが、以前は警察官の方が戸籍調査をかなりしておられたはずですので、現代のようなプライバシーを重視してマンションばかりの時代なら兎も角、ちょっと納得が行きません。

 しかし、家族・親族と仲違いして捜索願も出なかったという方は沢山おられるでしょうし、行方不明だからと役所に一々届けでないことは昔は普通にあったのかもしれません。

 いずれにいたしましても、このような現状が判明したからには、日本の総人口の数すら怪しいということになって来てしまいます。

 特に地方交付税は人口の人数で決まりますので、ここを各自治体が厳格にしなければ、公平性すら保たれなくなってしまうことでしょう。

 そのような事態や不正請求を防ぐ為によく持ち出される議論が「国民総背番号制」です。海外でも既に採用されている国もありますし、日本では縦割り行政で複数の国民データが存在することから、1968年の佐藤内閣時代から幾度となく行政効率化や電子政府の実現の文脈で議論が浮上していました。

 しかし、いずれもプライバシーの問題や国家権力が多くの国民情報を一元管理してしまう等の問題から実現していません。

 今回のような高齢者へのいい加減な戸籍管理の実状が浮上すれば、またそういう議論が湧き上がることが考えられます。

 勿論、それは必要なものであるという面もありますが、私個人はそれが富裕層の方々に対しては「資産税」化実現への道になるとも感じています。

 国民情報の名寄せは、色々な意味でメリットも大きいのですが、国家が今まで出来なかった税を設けたり、管理を強めたりすることが可能であることだけは否定出来ない事実です。

 アメリカでは、各州が治安維持の名目の下ホームレスを投獄し、住民数を増やし補助金を獲得すると共に、福祉費を減らして効率化を図っているという話もあります。(私の友人の国際コンサルタントの方のブログから)(http://ameblo.jp/bf109fver2/entry-10628466682.html#main)

 本邦では、それは民主主義に基づき国民や政治の流れで決まることではありますが、今回のような出来事から、私のような者はそういう想像を逞しくしてしまいます。

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