「お金のためではない」尖閣諸島、2つの名家の思い

福岡、埼玉の良家の共通の思い

 まず話の背景に、栗原、古賀の両家の説明が少し必要になるだろう。埼玉の栗原家、福岡の栗原家との接点は先代かもしくは、それ以前に築かれたものだという。

 栗原家は埼玉県北部に広大な土地を持つ、その地域でも有数の地主だ。冠婚葬祭の事業も行って軌道に乗せるなど言わば地元の名士でもある。一方の古賀家は、展開し八女茶などの製造販売を行う古賀商店を展開する農商家だった。

 尖閣諸島は元々、福岡県八女市の実業家・古賀辰四郎が開発することを条件に、明治政府から30年間無償貸与を受けた。その後1932年に古賀家に払い下げられることになった。だが、古賀家の跡取り(長男)が途絶えそうになった危機が訪れ、その際に親交が深かった栗原家が譲り受けることになったのだ。

いまよりも技術が進歩していない明治時代に、石垣島から約130キロ離れた場所を開拓するにあたっては大きな困難があったことだろう。それだけに、古賀家の歴史が凝縮した島でもある。「経済評価はつけようがない」と弘行氏が言うことも頷ける。

1 2 3
よかったらシェアしてね!
目次
閉じる