オークラ支配人の教える、ホテルの上客になる方法

 旅行の思い出をよいものにしてくれる場、訪れる者に上質な空間を提供する場、それがホテル。
 ホテルにとって上客と認識してもらえれば、マニュアルにない様々なサービスを受けられることもある。
 ラグジュアリーなホテルで最高のもてなしをしてもらえる客になるにはどうしたらよいのか、ホテルオークラ東京元総支配人であり『一流の品格をつくるホテルオークラの流儀』の著者、石原直氏にお聞きした。
 高級ホテルにとって、上客とはやはり金があり、たくさん落としてくれる客なのだろうか。

「私が総支配人を務めさせていただいたホテルオークラ東京では、お金持ちのお客様だから優遇する、といったことは一切していませんでした。
 そもそも、お支払いの際のお金のやりとりだけでは、その方がたくさんお金をお持ちかどうかなど判断できません。仮に何かの理由でわかったとしても、だからといって待遇に差をつけることはありません。
 これはホテルオークラに限らず、高級ホテルとされるところはどこもそうしているのではないでしょうか。

 ではお支払いの額が多いから、その方を優遇するかというと、そのようなこともございません。
 ただし、何度もお越しくださるお客様には、担当の従業員をつけるといったことは行っていました。それは、お客様にストレスを感じていただかないためです。たとえばいつも同じ席にお座りになり、同じものを注文されるお客様に、毎回そのことを知らない従業員がお席やご注文を聞くようなことは失礼に当たります。
 そのような待遇の差はありますが、基本的にお客様を“優遇する”ことはホテルではしていません」

お客は“わがまま”でいい

 いきなり想定外の答えをもらった。てっきりホテルは客をランク付けしていて、よいお客へのサービスを手厚くしているものだと思っていたが、そのようなことはないらしい。
 石原氏は続ける。
「お客様にそのような意味での差はつけませんが、“ホテルの従業員を上手に使われる、うまくサービスをお受けになる”というお客様はいらっしゃいます。

 お客様が料金に見合った対価を要求するのは、おかしなことではありません。むしろ、ホテルの従業員はお客様がどのようなサービスをお望みかはわかりませんから、どんどんご要望をおっしゃっていただきたいと思います。

 たとえばホテルの宿泊代金が10万円だとします。それだけの金額ならば、設定したホテル側も、お客様の様々なご要望に応えられる準備をしています。ですのでお客様には安心してどんどん『これはできますか?』『こういうことをお願いしたいんですが』とご希望をお伝えいただきたいですね。

 ホテルに遠慮して“手のかからないお客様”になる必要などありません。お客様はむしろ、その意味ではわがままでいいのです」

ホテルの“常識”を知ると使いやすくなる

 要求するほうがよい客だという。とはいえ、ホテルにもできることとできないことがあるはずだ。一体どこまで要求してよいのだろうか。
「そのときの基準になるのが“そのホテルの常識”です。ホテルによってできることとできないことは異なります。それを知り、その中でできることをお願いするのが、ホテルの使い方をわかっていらっしゃるお客様ですね。

 たとえば、極端な例かもしれませんがビジネスホテルに宿泊していて『このホテルは屋上にバーがないぞ!』と怒る方はいらっしゃらないと思います。『ビジネスホテル=夕方にチェックインし、夜は繁華街に繰り出して戻ったら就寝、朝にはチェックアウトするもの』というそのホテルの“常識”があるからです。

 私が先日泊まりましたある地方のホテルは、まったく何のサービスもないところでした。到着しても荷物を運んでくれるわけでもなく、部屋は新しいとは言えず、階段も急。

 そのホテルの売りは、目の前の海で獲れる海産物をふんだんに使った料理と、本当に静かな場所でした。そのホテルの“常識”は『何もない、と料理を楽しむ』なわけです。そこに都会のホテルの“常識”をあてはめて『ひどいサービスだ』と思ってはいけません。
 実際にそのホテルはそこの“常識”を楽しむお客様が予約されて、繁盛しているそうです。

 都心部の高級ホテルも、実はそれぞれの“常識”があります。“常識”は“経営理念”からできていると言えます。そのホテルが何を大切にし、どのようなサービスをお客様に提供したいという思いが“常識”を作り出しているのです。

 その常識を知るには、ホテルを利用し、サービスを受けてみて、『こういうことはできますか?』と聞いていくことです。ホテルも、できるサービスを提供したいと考えていますから、ホテルの“常識”を知ったうえで要求されるお客様には、できる限りのサービスをさせていただきます。
 先ほど『ホテルに上客はいない』と申し上げましたが、そのようなお客様が、上客とお呼びできるのかもしれません」

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