見た目はロックスターのカリスマファンドマネジャー、ピエール・ラグランジュ【ヘッジファンドマネジャー列伝⑪】

 日本は世界で一番、百年以上の歴史を持つ長寿企業が存在するという。
 昔から守られてきたことを繰り返し続けてきたことで歴史がつくられたように思われるが、決してそのようなことはない。

「いつも変わらない味」といわれる老舗の和菓子店なども、時代の変化に応じて少しずつ味を変えているという。
「いつも変わらない味」は、実は「その時代にもっとも合うよう考え抜かれた味」だ。
「伝統」とは同じことの繰り返しにより守られるのではなく、「革新」の積み重ねが生み出すものと言える。

 創業200年の歴史にふさわしく、長期で手堅く利益を出していくヘッジファンド、マンAHL。この会社も、革新に挑んでいる。
 会長のティム・ウォンはプログラムの強化等で対応が可能ということも言っているが、世界中の株や債券、商品市場などに投資するCTA(商品投資顧問)と呼ばれるAHLはその性質的に、市場の乱高下とはどうしても相性が悪い。
 2009年には2ケタのマイナスを記録し、その後も低迷が続いていた。

 当時のマン・グループCEO、ピーター・クラークは新たな資産を探し始め、買収を打診したのが資産300億ドルのGLGパートナーズだ。
 GLGは「カリスマファンドマネジャー」を喜ぶ社風の会社で、マネジャーには独自の戦略を追求する自由がある。1995年にゴールドマン・サックスの個人投資家部門の幹部3人が設立し、数々の賞を受賞するなど急成長していた。
 AHLのアジアの顧客には、同社の得意なコンピューターよりもファンドマネジャーの裁量で運用するスタイルを好む人も多いことなどから、そのスタイルのほうが市場を拡大しやすいというメリットがあった。

 GLGは個人の力に頼る部分が大きい分、うまくいけば成長も急だが会社としての安定性を欠く。実際にカリスマファンドマネジャーが独立したことで、数十億ドル規模の流出が起こってしまうこともあった。
 両者の自分が持ち合わせていない部分を埋めてくれるパートナーとして、買収は進んでいった。

「ほかの人が見落とした投資を見つける」

 GLGの共同創業者の1人、ピエール・ラグランジュはベルギー生まれ、イギリスで最も裕福な人物の1人に数えられている。長髪にカジュアルなスタイルはヘッジファンドマネジャーというよりもロックスターのようだが、投資の世界では30年以上の経験を持つ。
 ラグランジュもティム・ウォンと同じようにエンジニアリングの研究から投資の世界に入った。
 ブリュッセル自由大学のソルベー・ブリュッセル校で環境工学を学んでいるとき、ニューヨークでのJ・P・モルガンの研修プログラムに誘われ、投資の世界を知る。
 プログラム終了後もモルガンに残ったのち、ゴールドマン・サックスに入社。個人投資家部門のほかの幹部2人とGLGを設立する。
 GLGにはすぐに200人以上の一流ファンドマネジャーが集まり、個人の裁量で自由な運用を行っていった。マネジャーが自分の考えで行った運用で結果が出ればそれを評価し、さらに推奨する。
「異なる経歴や考え方の人々を一緒に働かせることで、ほかの人には見えない何かを見ることができるかもしれない。そういう投資哲学を我々は持っていた」
 ラグランジュは語る。個人がどんどん個性を発揮し、それらが新たな化学反応を起こす。
 そうしてGLGは急成長していった。

 ラグランジュ自身は「ほかの人が見落とした投資を見つけるのが好きで、この仕事をとても気に入っている」と言う。
「聡明な人たちと心ゆくまで議論をしたり、自分の意見を述べたり、無名の企業について調べてみたり、あるいはその企業のある国に合った最高のマクロ投資の手段を発見することが大好きなんだ。
 大嫌いなのは『ノー』という答えを聞くことさ」

 彼の「ほかの人が見落とした投資を見つける」の例が、中国だろう。
 GLGは中国の銀行株を保有し、中国の自動車メーカーのポジションを増やすことにした。多くの市場関係者は中国市場に対し懐疑的だが、ラグランジュは「中国の成長は今後も続いていく」と考えている。

 彼は「疑うのは自然なことで、みんなが疑うのはむしろいいことだ。みんなが満足して強気な状態のほうがよほど危険だ」と語る。

 ただし、決して楽観的に考えているわけではない。彼自身6週間に1回というペースで中国を訪れては、資金運用会社やクライアントとの会合を持つなど、実地調査を進めている。

「我々の調査によると、1つの家庭が1台の車を買うには、税金を支払った後に3000ドルほどの手取り収入がなければならない。中国では、この水準に達する人口が倍増している。贅沢品を買い始めるのに必要な手取り収入は1万ドルだ。

 今後5年間に、この水準に達する人口は3倍になるだろう。投資機会とは、こういった分析をしながら見つけていくものだ」

 このようなしっかりと向き合う姿勢から、GLGは合併の前からアジアでの存在感を強めていた。マン・グループのアジア進出に関わってもらうには、絶好の存在だろう。

正反対なようで同じ2つの会社?

 ところで、マン・グループとGLGは、お互いの持たないものを補い合う存在として買収が決まったわけだが、まったく考え方も社風も異なり、果たして1つになれるのだろうか。
 マン・グループはコンピューターをベースに、保守的、組織的で手堅い運用を行う。GLGの運用は個人に依る部分が中心で、社員は起業家精神にあふれ、服装もジーンズなど自由だ。

「その心配はすぐに消えた」
 そう語るのは、AHL会長のティム・ウォンだ。
「いろいろな人に話を聞いてみたら、AHLもGLGも、物の考え方はよく似ているとわかった。どちらも結果を重視し、そしてよい業績を残したいと思っている」

 ラグランジュも語る。
「AHLは型にはまった会社のように思っている人も多かったが、そこの社員は人間味にあふれ、団結力も強く、アイデアを共有したりしながら助け合って働く人たちばかりだ」
 GLGは、マン・グループの傘下に入ったことで、同社の組織力を有効活用できるようになった。

「我々は投資マネジメントには能力を発揮していたが、企業経営に関しては最高とは言えず、そのことが足を引っ張って実は営業活動に専念できる環境が整いきっていなかった面もある。整えるとなると、大量の資金も時間も必要だっただろう。
 マンのおかげで、やりやすくなった部分がたくさんある。

 マンはGLGの事業を理解し、敬意を示してくれている。マンの力を借りて、GLGがこれまで築いてきたものをさらに大きくしていきたい。
 マンとGLGは、まったく同じことを目標にしているんだ」

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マン・グループについての前半記事「創業200年、最古参ヘッジファンドの会長は香港人【ヘッジファンドマネジャー列伝⑩】」はこちら。
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・ヘッジファンドマネジャー列伝 完全版


 本記事は、2017年2月に出版された『富裕層のNo.1投資戦略』(高岡壮一郎著・総合法令出版)の草稿を、ゆかしメディア編集部が編集したものです。
 本記事の完成版はこちらでご覧いただけます。

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