通訳の目を通して見たもの
日本語がまだ不自由な外国人が、自分の書いた文章が良いかどうかなど判かるはずもない。人間だれしも、右も左もわからない環境に置かれた場合、まずは良い指導者を見つけるということは大切かもしれない。
「学校のことや生活のことを相談に乗ってくれる先生(教授)がいて、自分が書いた文章を見てもらったりする方を紹介してくれました。最初は人に見せるには恥ずかしいような内容も多くあったのですが、色々とアドバイスしていただき、苦にせず日本語の文章が書けるようになっていきました」
そして、創作の発芽となったのは、アフガニスタンの難民を通訳する機会だった。これが、「日本では決して描かれることのない世界を伝えたい」「書かなくては」との思いが、ネザマフィさんの日本語をより早く上達させたのかもしれない。
その思いが処女作の「サラム」の基になったようだ。「留学生文学賞」に応募し、その結果最高の賞を受けることができた。「びっくりしました」と当時の喜びは今でも驚きとともに忘れないという。
そこから『白い紙』へと続いていく。