『開成番長』が語るギャンブル漬け人生【2】  

追いこみ時期にも徹マンの習慣が抜けず


TESTA塾生の学習光景
 運動会という一大イベントが終わると、みんな一気に大学受験モードに入りますが、僕にはまだ麻雀という活動が残っていて、日暮里の雀荘に放課後、入り浸っていました。さすがに父からもいい加減にしろと厳しく怒鳴られたこともありますし、徹マンなんて言おうものなら、どうなっていたか。母は心配性なので当時は気苦労をかけたと反省していますが、父はかなり僕を信頼してくれていて寛容だったと思います。それでも怒るということはよほど目に余ったのかもしれません。

 もちろん僕自身も、大学受験の勉強はしなくちゃいけないと思っていました。けれど、どうにも腰が上がらない。長らく勉強をやらない時期が続いてしまうと、そこから復活するにはかなりのパワーが必要なんです。当時はそんな状態になっている自分のスイッチをオンにするようなきっかけが見いだせなかった。そもそも受験勉強もどこから手をつけていいかわからなくなり、だんだんと諦めモードに入っていく自分がいました。

 せめてもの意地で、夏休みから何とか気持ちを切り替えて徐々にやり始めました。すると一時は学年300位まで落ち「ウラヒャク」だったのが、高3最後の模試で奇跡的に60位に入ったんです。繁田復活か!?と言われたんですが。

 現役時は、東大文Ⅰ一本に受験校を絞りました。中3で学年でトップを取ったこともある自分がまともに勉強もしない状況で妥協して私立に行くのは納得ができなかったのです。じゃあもっと早く勉強始めろよって感じですが…。こうして、一浪してでも東大を目指そうと腹をくくって受験に挑みました。

 しかしさすがにタイムアップ、奇跡は起こりませんでした。見事に不合格で浪人生活です。◆連載第1回目はコチラから◆

 次回も引き続き、繁田氏のインタビューをお送りします。

1 2 3 4 5
よかったらシェアしてね!
目次
閉じる