現実に目をそらすバラ色の「妄想経営」
「クレームを関係する上司にメールしたら、即座に役員が『赤字続きなのは経営努力が足りないからだ。我々の英知で構築したビジネス手法は正しい』と返信してきたのです。クレーム対応は担当者任せでした」
こうしたケースでは、報告を受けたら、役員がみずから代理店に出向いて、言い分を十分に聞いたうえで善後策を話し合えば、少なくとも訴訟には進展しない。あるいは、それ以前に、役員が定期的に各地を巡回して代理店オーナーたちと会合を開き、ときに酒宴をまじえて関係を深めていれば、ささいな問題も把握しやすい。サポート担当者の臨店業務とは別に、役員がオーナーと定期的に面談することは、店舗チェーン運営の基本中の基本である。
この会社では、業務遂行のキーワードに「凡事徹底」と「WIN―WIN」を掲げ、朝礼での社長訓示や、社長が全社員に配信するメールには必ず盛り込まれていた。社員は会議などでこのふたつの言葉を斉唱して自分を納得させ、業務の粗相に無自覚になっていた。そして、妄想の芽が開き、膨らんでいった。
社員教育に熱心なこの会社では、多数のビジネス書が必読書に指定され、社員は次々に読み漁っていた。これが、妄想を呼んだのだ。ベンチマーク、コア・コンピタンス、集中と選択、ブルーオーシャンなどの経営言葉が何かにつけて連呼され、これらを企画書や報告書に書くことで「クレームに反発するように、自分たちは業務レベルが高いと思い込む社員が増えていきました」(中堅社員)。
世の辛酸を知らない若い社員たちは言葉に酔い、観念にたわむれ、空想を頭の中で現実化させていったのだ。こうして“会社の常識は社会の非常識”への通弊におちいり、社内では、倒錯した現象が次々に発生していく。