改革案も聖域には踏み込めず
この状況を憂慮したひとりの役員が、行動を起こそうとした。事業企画部を統括する人物で、60人の部員に改革案を提出させて役員会で進言しようと、60人を10チームに分けて、V字回復策提案プロジェクトを発足させる。“聖域なき改革”を謳い文句に潜在的な問題の抽出をねらったのだが、字義どおりに聖域が破られてしまった。1カ月後に開かれた発表会で、あるチームが役員人事に切り込んだのである。専務と常務クラスを入れ替え、経験豊富な上場企業の役員経験者をスカウトして補強しないと難局を乗り切れない、と。
左遷などの報復人事を覚悟したうえでの提案だった。改革の成否を左右するのは本気度であり、摩擦を怖れてはいけない。会社は日頃から社員にそう説きつづけているではないか。それが建前でも、いまはあえて本音と受け止めざるをえない状況ではないのか。そのチームは、経営陣の刷新が喫緊の課題と確信するからこそ、覚悟して提言したのである。
よくぞ言ってくれたと思う社員もいたが、役員には困惑の表情が浮かんだ。発表結果を役員会で報告するつもりだったが、これでは無理だ。いくら聖域を設けないとはいえ、一線を超えてしまった。その案へのコメントは避け、役員会への進言もやめて、発表会をもってプロジェクトは自然消滅した。
たんなるガス抜きだったのか。まっ、こんなもんだろうと割り切った社員もいたが、V字回復へと意気込んでいた社員たちは、すっかりしらけてしまった。これを機に、ルーチンワークをこなすだけの日々となっていく。
心ここにあらず――多くの社員が、そんな状態に傾いていったのだった。
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